手抜きコンクール

これまでの塾が手狭になってきた。まだまだ赤字なのだが、生徒数だけは増え、たった二つしかない狭い教室は溢れんばかり。5月の連休を利用して、もう少し広い所に移ることにした。

生徒たちも動員して探し回ったら、家賃は少々かさむが、これまでより都心に近い所にまずは格好の物件が見つかった。「綜合楼」と称する事務所兼住居用の5階建てビルの4階。踊り場を挟んで120平方メートルほどの住居が二つ空いていた。家主同士が友人で、一緒に借りてくれればありがたいと言う。面積は今までの3倍になるが、相棒の中国人の先生と僕とがそれぞれに住み込めばいい。それに、出来のいい生徒3人に「初級」相手の教師をボランティアで頼むことにしたので、彼女たちの居場所も要る。広すぎることはない。

築3年だが、まだ内装はしておらず、コンクリートがむき出しのままだ。ちなみに、中国では新築のマンションなどを買った場合、床、天井、壁から台所、トイレまで、内装は全くされていない。買い主が自分で業者を雇い、好みに合わせて仕上げる。今回、双方の家主は「3年契約で借りてくれて、6か月分の家賃を前払いしてくれたら、そちらの希望も入れて内装をやります」と言う。その内装は1か月ほどで終わった。ざっと眺めると、まずまずの仕上がりだ。それでは、と各部屋の使い勝手を細かに点検してみると、いやはや・・・。

コンセントを多めにつけてほしい、と家主に要望しておいた。一応、これに応えてくれたようで、多い部屋には6か所もある。ところが、プラグをなかなか差し込めない奴が結構ある。苦労してやっと差し込み、次に引き抜こうとすると、コンセントが一緒に壁から外れたりする。でも、それはまだいい。電気の来ていないコンセントもある。調べてみると、電線が数メートル手前で切れている。電話用、パソコン用、テレビ用のコンセントも立派にあちこちにあるのだが、中が空っぽだったりする。

不具合はまだまだある。洗面台の下からザーザーと水が漏れる。板張りの床に水がしばらくこぼれたままだと、板が少し盛り上がってくる。板と板の間に水が染み込んでいくせいだろう。台所の水道の蛇口がぐらぐらしていて、今にも壊れそうだ。トイレ・洗面所に四つのスイッチがあり、一つは電灯、一つは換気扇に繋がっているが、あと二つは何の役割もしていない。そうかと思うと、スイッチ一つで電灯が二つともる部屋もある。要らない時でも、電灯を二つつけねばならない。やはりスイッチ一つで電灯がついたうえ換気扇が回りだす部屋もある。うるさいし、そんなに換気する必要もない。その換気扇だけど、ちゃんと外に排気しているのかどうかも、状況証拠から見て、はなはだ疑わしい。トイレ・洗面所のタイルの壁に間違えて穴を開けた所は、修理もせずに放ったらかしてある。大変にみっともない。こうした内装は親方みたいな業者が塗装、床張り、タイル張り、水道・電気工事などの職人を雇ってやるのだが、まるで手抜きコンクールみたいである。

当然、家主には文句を言ったが、家主もなんとなく困惑といった感じだ。と言うのも、内装の親方にはすでにカネを払ってしまっている。圧力のかけようがなく、電話しても出てこないそうだ。親方にすれば、電話に出れば文句を言われるに決まっている、逃げるに限るというところだろう。我々がいくら文句を言っても、埒があかない。だが、捨てる神あれば拾う神あり。塾の生徒あるいはその友人で、この種のことに器用な連中が入れ替わり立ち替わりやってきて、コンセントなどはなんとか使えるようにしてくれた。

もう一つ、大きな不具合があった。一方の玄関の錠前が壊れているのだ。これは3年前にこのビルが出来た時につけたものだ。しかも、当時の錠前屋はすでにつぶれているとか。だが、玄関の錠前が壊れていては、話にならない。家主も仕方なく別の錠前屋を修理に派遣してきた。3年前と言えば、外に向いたガラス戸もその時に作ったものだが、中から戸を閉める器具が2か所、壊れている。大通りに向いた4階にあるガラス戸なので、ここから泥棒が侵入する可能性は低いだろう。とりあえずは我慢することにしたが、3年前にも手抜きコンクールがあったようだ。

こう書いてくると、我々が不運にも極め付きの悪質業者に遭ったみたいだが、いろいろ聞いてみると、当地ではこれが当たり前だそうだ。だから、業者に手抜きさせないためには、工事には必ず立ち会って目を光らせる。逆に言うと、自分が立ち会える時にしか、工事をさせない。それがこの地の鉄則なのだと言う。当然、内装の期間は長くかかる。「仕事が忙しくて立ち会える日が少なかったので、広くもない自宅の内装に1年半かかりました」と言う知人夫婦もいる。

我々の場合、家主とすれば、しょせんは他人に貸す家だから、内装にはあまり力が入らない。少々いい加減でもいい。もし将来、自分たちが住むようなことになったら、全部やり直せばいい。当方としても、しょせんは他人の家だから、うるさくは口を挟みにくい。その間隙を業者に突かれた格好だ。中国ではどんな目に遭っても、結果はすべて自分の責任だ。ひどい目に遭わないためには、自分で目を光らせていなければいけない。そう腹をくくっているつもりだが、今回もあえなくやられてしまった。