「できちゃった結婚」 下

さて「でき婚」の「損得」「メリット、デメリット」だけど、わが塾生の一人に数年前まで写真館でマネジャーをしていた20歳代半ばの女性がいる。中国の写真館の主な仕事のひとつは、結婚するカップルの記念写真をたくさん撮って、アルバムに仕立て上げることだ。背景は近くの景勝地、名所旧跡などを選び、正装した二人が俳優顔負けの様々なポーズをとる。そして、この豪華アルバムを結婚披露宴に来たお客たちに自慢げに見せる。僕が出た披露宴ではそうだった。

で、写真館のマネジャーたる彼女の仕事の一つは、写真撮影を申し込みに来た女性に「妊娠していますか」とまず尋ねることだった。すると、おおむね50パーセント(最近、彼女がこの店に問い合わせてみると、比率は上がって60パーセント)が妊娠中。そんな女性には撮影の際に無理なポーズをとらせないとか、カメラマンに何かと安全を指示するのが欠かせない役目だった。

新婦の方は、写真館に大切に扱ってもらえる一方で、母体を心配しながら様々なポーズをとらなければならない。でき婚のメリットかデメリットかはよくは分からないけど、一般に中国では「結婚したらまず子供」という願いが、新郎新婦はもちろん、その両親たちに強いようだ。「孫がいないと恥ずかしい。みっともない」「子供夫婦はそばにいなくてもいいが、孫にはぜひいてほしい。孫は自分たちで育てる」。そんな風潮がある。社会保障制度が整っているとはとても言えず、家族みんなで助け合わなければならないとの事情もあるだろう。

そうは言っても、いろいろ聞いて回ると、どうも近ごろは子供のできない夫婦が増えている。環境汚染のせいか、現代生活のストレスのせいか、学術的に調べたわけではないのだけど、とにかくそうなのだそうだ。おかげで、子供ができない夫婦は両親や親戚との間で何かと苦労する。

知人の夫婦は結婚して10年、まだ子供ができないので4回も人工授精をした。費用は1回2万元(約40万円)。それでも、成果はない。おまけに、あとで結婚した夫の弟にはすぐ子供ができた。妻は威張っている。自分たち、とりわけ妻は夫の実家に顔を出しづらくなった。

「夫の実家に行って、夫の両親や親戚に会うのが一番嫌です。ジロリと上目で私の下腹部を見るんです」。やはり子供のできない別の女性から聞いた話だ。

病院に検査技師として勤めている20歳代後半の女姓によると、同僚には人工授精で子供を産んだ女性が目立って多い。「病院勤めだから、費用もある程度安くて済む。それだから、できることなんでしょうね」。

以上の話を裏から言うと、でき婚だったら、そんな心配は要らない。でき婚のメリットと言ってもいい。20歳代半ば過ぎの女性。最近、縁起のいい日を選んで結婚した。と言っても、役所に届け出ただけで、仕事の関係もあり、二人は遠く離れて住んでいる。披露宴はそのうちにと軽く考えていた。そこへ某日、妊娠が分かった。彼女にはすでに結婚して子供もいる弟や妹がいるが、相手の男性は一人っ子。両親が大喜びしてすぐに最高級ホテルでの披露宴を決めてしまった。彼女は今「王妃」のような存在らしい。内装中の新居の写真を送ってきたが、まるで「王宮」のようである。この話は普通のでき婚とはちょっと違うけど、両親などからの「妊娠はまだ?」とのプレッシャーから無縁でいられる結構な場合であろう。

でも、「でき婚のカップルは一般に離婚率が高いようです」と、今回いろいろと調べてくれた連中は口を揃える。「結婚して1〜3年で離婚する夫婦のうち6割ができ婚、3〜5年で離婚する夫婦だと8割ができ婚です。裁判所が調べたそんなデータもあります」と教えてくれた生徒もいる。でき婚の割合が高ければ、離婚の割合も高くなるだろうけど、それにしても「6割」「8割」は高い。

で、その「離婚組」の話だけど――「恋人がいるなんて聞いたこともない女性の友人が去年、子供ができたからと言って結婚しました。子供は無事に産まれましたが、その世話で彼女は仕事ができない。夫も働いていない。毎日、夫婦喧嘩ばかりしていて、もう離婚しかないと言っていました」。生活費の面倒は多分、夫の両親がみているのだろう。

「1か月前には、あんな彼とは別れたいと言っていたのに、半月前には、その彼氏と結婚することにしたから、披露宴に出てくれと言ってきた友人がいます。子供ができたからですが、いったい二人の将来はどうなるのでしょうか」

「できちゃった」の後、結婚に進むかどうか。孫が欲しい両親のことを考えれば、結婚へのエネルギーが働く。でも、ろくに生活の設計もないままで一緒になってしまう。とりわけ、中国では結婚にあたって夫が「持ち家」の新居を用意するのが普通だ。それもないとなれば、妻の不満は高まる。夫には親になってしまった自覚も乏しいだろう。それらは離婚へのエネルギーとして働く。日本にも多いでき婚とその後の離婚だが、中国ではちょっと違った「事情」があるようだ。