ある「成功者」の半生

何年か前、中国南方の大都市で行われた結婚披露宴。会場は当地ナンバーワンのホテルで参会者は1000人を超えた。各テーブルには子豚の丸焼きが1匹ずつ。もったいないことには、皮だけを食べ、残りは持ち去られた。一人ひとりの皿に置かれた大きなエビは1匹1000元(最近は1元≒16円)とか。かつての中国皇帝たちの宴会に優るとも劣らない、とのつぶやきも聞かれた。

飛び回って披露宴を取り仕切っているのは、新婦の父親で50歳代、母親のほうは所在なげにぽつねんと座っている。披露宴も終わりに近づいた頃、父親が演説を始めた。そして、参会者への長々しい御礼の言葉の後、突然「皆さん、立ってください」と命令口調で言った。全員が立つのを見届けてから、父親は威儀を正して続けた。「皆さん、私たちがこんなに豊かで夢のような暮らしができるようになったのは、ひとえに訒小平主席の改革開放政策のおかげです。                                                                               ここでひとつ、訒主席に向かって黙祷いたしましょう」。一同に異議はなかったようで、揃ってうやうやしく頭を下げた。

新婦の父親は今、この大都市で投資会社を経営し、地上4階、地下1階の豪邸を構えている。だが、もとは言えば、北方の貧しい農民の子で中学校卒、妻は工員の子で専門学校卒。結婚後、世話する人があって、新しくできた火力発電所で一緒に働くことになった。妻に言わせると、夫は頭が悪くて高校にも入れなかったが、「ゴマスリのうまさだけは誰にも負けない」。笑顔を絶やすこともまずない。それが幸いしてか、電力会社の中で異例の昇進を重ねた。「国家重点大学」と呼ばれる某一流大学の博士号も取った。カネで買ったものである。余談だが、字も満足に読めない博士がこの国にはうようよといるそうだ。

やがて、90年代の初め、電力会社が上場されることになった。その頃、夫は上場を担当する部門の最高責任者に上り詰めていた。上場に当たって、一般社員にも1株1元で500株ずつが配られた。いわゆる未公開株である。上場後、株価はまさにうなぎ上りで20倍から30倍になった。ぼろい儲けである。上場の最高責任者であったこの夫は一般社員とは比べ物にならないくらい儲けたはずだが、詳しくは分からない。これも余談だが、自分ひとりだけが儲けるのではなく、周りにも適当に儲けさせる。これは悪事を働く際の中国人の「知恵」だそうだ。ひとりだけ儲ければ、いつ密告されるか分からない、

そして、90年代半ば過ぎ、この夫婦と高校生になっていた娘の3人が、住んでいたアパートから忽然と姿を消した。ほぼ同じくして、10人ほどの親類もいなくなった。心配して尋ね回る知人もいたが、行く先は全く分からなかった。姿を隠したのは、司直の追及を恐れたからに違いない、

当時、ひとつの噂が流れた。上場を巡る一連の動きには中国共産党・政府の最上層部の某氏一族も深く絡んでいる、つまり、多額の賄賂が動いているとの話だ。さっきの男が捕まったりすれば、嫌疑が某氏にも及んでくる。それを防ぐために男とその一族を海外に逃亡させたと言うのだ。

――以上の話をしてくれたのは、当時、男の妻や娘と親しかった女性だが、彼女に彼らの所在が分かったのは、逃亡から10年近くも経ってからである。妻から電話が掛かってきて、海外から中国に戻っているとのこと。どこに逃げていたかは言わなかったが、夫がまず戻り、ある程度安全を確かめてから、妻を呼び寄せた。娘はオーストラリアに留学させた。南方の大都市に戻ったのは、商売の都合のほか、いざという場合に香港を経由して海外に逃げやすいからだそうだ。先の女性は妻から「私にはあなた以外に友だちはいないの」と言われ、仕方なく結婚披露宴に出席した。夫婦についての話は続く。

妻は精神的にかなり病んでいる。夜、眠れない。食欲もない。逃げ回る生活に疲れたのだろう。できれば離婚して自由な生活に戻りたい。だが、親戚が大反対する。妻は兄弟姉妹の多い大家族で育った、一族の生活が夫を頼りにしている。夫の妻への愛情はもはやないようだが、別れるつもりも毛頭ない。離婚して昔のことをしゃべられたら、自分の身が危ない。

冒頭の結婚披露宴には、夫が北方の電力会社にいた頃の仲間が大勢出席していた。「大金を持って海外に逃亡した」と新聞で報じられた男もいた。彼もいつの間にか中国に戻っていたのだ。夫の投資会社には昔の仲間が随分と集まっている。妻に言わせれば「人間じゃない」連中ばかりだ。新婦と新郎はオーストラリア留学中に知り合ったのだが、夫は新郎に不満である。両親は貧しくはないが、共産党や政府の有力者ではないからだ。

盛大な結婚披露宴の後、夫婦や娘、そして夫の昔の仲間たちがどうしているかは分からない。件の女性が連絡の手段を絶ってしまったからだ。「妻はいい人だし、かわいそうだけど、もうあんな連中と関わりを持ちたくありません。私のこれまでの生き方が否定されるようで・・・」と話している。