独特な食文化? それとも、さりげない詐欺?

中国人の男性が初めて日本旅行にやってきた。日本と言えば日本食、そして日本食と言えば居酒屋――そう固く信じている彼は日本での初日、連れの2人とともに居酒屋に飛び込んだ。座るとすぐに、素敵な小さな器にちょこっと盛った料理がそれぞれの前に出てきた。なんとも優雅である。楽しく飲み食いした。

ホテルに戻って居酒屋での飲み食いの明細を見たら、注文した覚えはないのに、400円×3人というのがある。計1200円に消費税までが付いている。さっきのちょこっと盛った料理の料金だ。1200円と言えば、普通の料理1品分に相当する。不愉快になった。

翌日、また3人で居酒屋に入った。昨日と同じようなものが出てきた。「これは無料ですか?」。店員に英語で尋ねてみると、「サービスです」との返事。「サービス」は中国語では「服務」で、カネを取るという意味はない。安心していたら、勘定の際、やはり1人400円を消費税付きで取られた。――以上の話はネットで読んだのだが、彼はお通しのことを「日本の独特な食文化であり、かつ、さりげない詐欺でもある」と評していた。

注文もしていないのに勝手に出してくる有料のお通し、そして、時にはお通しに加えて席料も――居酒屋を中心としたこの「悪習」の「撲滅」を、僕はかねがね訴えてきたが、なかなかなくなりそうにはない。先般、妻と息子の3人で札幌に旅行したが、中国人旅行客と同じように、やはり不愉快な経験をした。

札幌の居酒屋でとりあえずビールを2本注文したら、3皿のお通しが出てきた。妻が即座に「これ、要りません」と断った。僕の感化を受けたのか、家族で外食する時、お通しを断るのはもっぱら妻の役目になっている。女性の店員は「いえ、これは・・・」と、ちょっと困った顔をしたが、妻が「料理はたくさん注文しますからね」と言うと、ふくれっ面をしながらも、お通しを持ち帰った。さあ乾杯しようとしたら、今度は男性の店員がやってきた。

「お客さん、お通しを取らないのなら、席料をいただくことになっています」
「えっ、そんなこと、メニューのどこに書いてあるの?」と僕。
「書いてませんが、そうなっています」

僕はいささかアタマにきて、妻と息子に「出るぞ」と言って席を立った。妻は「ビールは開けてしまったから、ビール代だけは払ってもいいですよ」と女性の店員に話し掛けていたが、結局は店側も取れなかったようだ。いくらかは後ろめたかったのだろうか。

翌日、別の居酒屋に入った。昨日のことがあるから、今度は慎重にアルコール類のメニューを眺めた。「アルコール類をご注文のお客様には〇〇〇円のお通しが付きます」なぞとよく書いてあるからだ。この店のメニューにはその旨のことは何もない。よし、よし、お通しのない店のようだ。安心して生ビールを注文した。

しかし、お通しは出てきた。妻が「要りません」と言うと、男性の店員は「失礼しました」と、素直に持ち帰った。でも、少し気になったので、勘定の時にレジの女性に「お通しを食べていたら、おカネは取ったの?」と尋ねてみた。「はい、ちゃんと頂きます」とのこと。油断もすきもあったものではない。

先の中国人男性の話には続きがある。彼は次にドイツに行った。そして、ドイツ人の知り合いに日本での不愉快な経験を話したら、笑われた。「欧米人は日本で同じ経験をしても、なんとも思わない。チップの代わりだと思っている」とのことだった。でも、中国人男性は納得できない。欧米でのチップは「常識」のひとつであり、「あげた」という快感もある。お通しにはそれがない。

訪日外国人観光客がどんどん増えている。その中にはこの中国人男性のような経験をした人も少なくないのではないか。そして「日本人はさりげなく詐欺を働く民族だ」なんて思われるのも困る。でも、法律や条令で有料のお通しを禁止することは現実的ではないだろう。ついては、観光庁あたりが「恥ずかしながら」とでも前置きして、この「独特な食文化」を外国人観光客に伝え、少しでも理解してもらうよう努めるべきではないだろうか。

さらには、お通し代、席料を払わないで済む手も教えてあげるべきだ。先般、埼玉県所沢市で昔のサッカー仲間数人と落ち合い、軽くやることになった。どこに入ろうか。駅前には居酒屋が並んでいる。店の前には客引きの若い男女がいる。尋ねてみると、軒並みにお通し代も席料も要るとのこと。「今どきの常識ですよ」と嫌味も言われた。でも、5軒、6軒と辛抱強く聞き回ってみると、両方とも取らない店があった。痛飲した。外国人観光客にとっては、言葉の問題はあろうけど、これが一番の方法だろう。そして、外国人観光客までがこのようにしていると知れ渡れば、わが日本の「悪習」もそのうちに廃れていくかも知れない。