「熱中症」体験記

明け方の5時頃だった。それまで気持ちよく眠っていたはずなのに、突然、軽い吐き気を感じた。しばらく耐えていると、今度は汗が出てきた。就寝中、冷房は切っているが、部屋の中は暑くはない。それなのに、汗が止まらない。背中や胸がびっしょりになった。

めまいもしてきた。トイレに行くために立ち上がろうとするが、それが難しい。近くにあった椅子にすがって、やっと立ったものの、たちまち無様に崩れ落ちてしまう。目の前がくるくる回っている。仕方がないので、這いながらトイレにたどりついた。便器に腰かけるのがまた大変で、戸や壁につかまったりして、いったん立ち上がった後、どしんと崩れるようにして腰を下ろした。大きな音がして、便器が壊れそうだ。体の自由がほとんど利かなくなっている。次には、便器から立ち上がる元気が湧いてこない。10分やそこらはじっとしていただろうか。

でも、そうばかりはしておれないので、一応トイレからは出たものの、寝室まで戻るだけの気力がない。それに、わが家は寝室とトイレの間にかなりの距離がある。いったん寝室に戻れば、次にトイレに行くのが大変だ。幸い、トイレの前の板の間は結構広い。しかも、布団の上よりも板の間のほうが、ひんやりとして気持ちがいいだろう。とにかく当分はここで横になっていることにした。

少し眠ろうとするけど、吐き気も続いている。おまけに足の筋が吊ってくる。眠れそうもない。ふと「ナロンエース大正製薬)」という頭痛薬のことを思い出した。日本人だけでなく中国人などにも人気の薬で、薬局でこれを求めると「ひとり1箱にしてください」「飲むのはどなたですか」「買いだめしていませんか」なぞと、まるで悪者扱いされる。よく効くので濫用する人が多いようなのだ。僕はめったに飲まないけれど、一応身辺に置いているので、2錠飲んだ。

しばらくすると、吐き気がきつくなり、とうとう吐いてしまった。胃の中には何もなかったらしく、白っぽい胃液が板の間に広がった。見ると、その中に、さっき飲んだナロンエース2錠が浮いている。まだ体内に吸収されていなかったのだ。苦しい息の中で、思わず笑ってしまった。

少しはうとうとしただろうか。時間を見ると9時を過ぎている。救急車を呼ぼうかしら? でも、この程度のことで救急車は、なんだか悪いなあ。それに、ここから救急車まで歩いて行く元気がない。担架で運ばれるのを近所の人に見られたら、恥ずかしいなあ。近くの行きつけの内科医に行く手もある。だが、タクシーを呼んでも、どのようにして乗り込むか。庭先からタクシーまで這っていくのか。それが問題である。

もうひとつ、医者に行きたくない理由がある。今日は特には外出の予定もなかったので、昨夜風呂に入った後、下着のシャツは着古したやつを身につけた。汗で黄ばんでいるし、脇の下が破れている。医者に行くなら着替えたいが、その元気もない。仕方がない、もう少し板の間で横になっていることにしよう。

ナロンエースをまた2錠飲んだ。午後になると、さすがに少し気分がよくなってきた。寝ている場所も、冷房の効く畳の部屋に移した。夕方には食欲も出てきて、おかゆに梅干しという「病人食」をおいしく平らげた。ビールも飲んだ。ついでにウイスキーも……。

ところで、元気を回復するとともに、今日、なんで、こんなことになったのか、気になってきた。あのめまいの原因は何だったのか? 脳に何か欠陥があるのだろうか? たまたま知人との電話で、朝からの症状について話すと、「それ、全部、典型的な熱中症の症状じゃないの」とあきれられた。医者には診てもらってないので、断定はできないが、スマホで検索してみると、いちいち確かにそうである。僕は最近、友人・知人にメールを送ったり、手紙を出したりする際には、「熱中症にはお気をつけてください」と書き添えているが、その本人が熱中症の症状について無知だったとは、全くあきれ返った話である。

それはそれとして、前回のこのブログで、二度寝の楽しみについて書いたが、ひとつ熱中症のいいところは、二度寝どころか三度寝、四度寝……何の罪悪感もなく、自由にできることである。症状さえもっと軽ければ、たまには熱中症になってもいいなあという気持ちになっている。