台湾 トイレ事情

去年の12月、台北に着いてすぐ、それからの生活に必要な物をいろいろと買いそろえた。化粧せっけん、シャンプー、風呂上りの乳液、それから大量の携帯用ティッシュ・・・ところが、せっけんなどは毎日、減っていくが、携帯用のティッシュだけはいっこうに減らない。大陸の中国ではこれが普段の必需品だった。

大陸の街中のトイレは、一部の高級なところを除いて、おおむねトイレットペーパーを備え付けていなかった。ティッシュを持っていないと困ったことになる。一方、台湾で僕が経験した限りでは、地下鉄や鉄道の駅、百貨店、コンビニなどでトイレットペーパーなしのトイレはなかった。なのに、僕には大陸での習慣が染み付いていて、つい携帯用のティッシュをたくさん買い込んでしまったのだ。

大陸ではこんなこともあった。教え子の若い女性とレストランで食事していると、彼女が「ちょっと失礼します」と言い、手にティッシュを持って席をはずした。変に気取らず、ほほえましいのだけど・・・やや違和感を感じる。でも、大陸ではこんなことは決して珍しくはなかった。

トイレットペーパーの設置具合に関しては、一方的に台湾に軍配が上がるが、そうではない点もあった。台北では最初、ホテルに泊まっていたが、途中で朝夕食つきの下宿に変わった。立派なマンションの7階である。そこのトイレに座って前の壁を見ると、注意書きがあった。いわく、トイレに流すティッシュは1回3枚まで、それ以上流すと、トイレが詰まりますとのこと。そのせいだろう、くるくる回るトイレットペーパーの代わりに、1枚ずつ引き抜くティッシュの箱が備え付けてあった。1枚、2枚・・・と数えながら、後始末をしなければならない。

ついさっきまでいたホテルでは、自由にトイレットペーパーを流していたし、大陸でも「トイレが詰まる」なんて話は聞かなかった。で、その後、当地ではこのあたりの事情はどうか、注意するようになったが、下宿先のような「3枚まで」は見掛けなかった。また、地下鉄の駅のトイレでも「流すな」という表示を見たのはひと駅だけだった。おおむね「流す」はOKのようだが、ただ、台湾の東海岸にある花蓮の小さなホテルでは、「使用済みのトイレットペーパーはトイレに流さず、横の箱に入れて下さい」と、絵入りの説明書きが壁に張ってあった。

台北にはコンビニが多い。筆頭は「セブン‐イレブン」で、台湾人が「50メートルおきにある」と言っていたが、まんざら言い過ぎではない。あるセブン‐イレブンの店頭から右前方を見ると、視界の先にセブン‐イレブン、左前方にもやはり・・・といったこともあった。ファミリーマートがそれを追っている。

このコンビニ隆盛を見た時、僕は「ああ、街中ではトイレに不自由しなくてもいいのだな」と思った。日本のコンビニではトイレが自由に使えるというのが常識のようになっているからだ。ところが、台北ではそうではなかった。ある日、トイレに行きたくなり、セブン‐イレブンとファミリーマートを何軒も回ったが、トイレは見つからなかった。トイレのあるコンビニはどうやら少数派で、看板にトイレのマークがある店を探す必要があった。

写真のようなトイレを地下鉄の駅の何か所かで見つけた。日本風に言えば「多機能トイレ」だけど、大人用と子供用の便器が並んでいる。日本でも大人用便器の脇に子供用の便座を置いてるのを見たことがあるが、こんな「アベック便器」は台北で初めてお目に掛かった。


次いでの写真は中国の唐の時代(618〜907年)の男女の人形である。それぞれ男性用トイレ、女性用トイレの入り口に掲げてあった。台北の「国立歴史博物館」でのことで、優雅である。

優雅でないのは、日本と同じく女性用トイレでの行列である。下宿先の近くの地下鉄の駅でも、通るたびにトイレ前の女性の行列を目にした。調べてみると、女性用のトイレには便器が3つしかない。男性用のトイレには「大」と「小」の便器が3つずつある。不公平である。それを知ってか、女性用トイレの行列を横目に男性用トイレに入って行ったおばさんを見掛けた。慣れているらしかった。

たまたま台北で一緒になった教え子の中国人女性がいた。もう日本に長いが、台湾は初めてだ。その彼女に、女性用トイレの行列について聞いてみると、「こちらの女性は用を足すのが早くて、だいたい30秒くらい。だから、行列が少しくらい長くても大丈夫です。日本では3分くらい掛かってるかしら」とのことだった。僕には真偽のほどは分からない。

僕は別に「変態」ではないのだけど、新しい土地に行くと、その地のトイレ事情が気になる。今回もそうだったが、台湾と大陸――総合点をつけると、同じ水洗でも台湾のほうにずっと清潔感があった。ただ、台湾でも大陸でも、そして日本でも、最近はどこに行っても水洗ばかりで、例えば、穴を掘っただけの昔懐かしいトイレなぞは見当たらない。寂しい感じがしないでもない。