授業料を値切る人たち

わが東方語言塾も新聞にチラシを挟んでみたり、あるいは、書店で日本語や韓国語のコーナーに来る人に声を掛けてみたり、それなりの宣伝をしてきた甲斐があって、電話での問い合わせもぼちぼち出てきた。残念ながら、僕には中国語でその相手ができないから、受け答えはもっぱら相棒の李錦蘭老師の役目だ。なので、以下の大部分は彼女から聞いた話である。

40歳前後と思しき女性から「日本語の会話を習いたいんですが、授業料はいくらですか」と電話があった。
「あなた1人との個人授業ですか、それとも・・・」と李老師。
「1人で受けたいんです」
「じゃあ、日本人の先生(つまり僕のこと)なら1時間30元(1元≒15円)、中国人の先生なら20元、どちらも教材込みです」
「高いですねえ。中国人の先生でいいです」

数日後、また彼女から電話があった。「私はおカネがありません。授業料をもっと安くしてもらえませんか」
「私1人でやっている塾ではないので、勝手に安くすることはできません。でも、一度こちらにいらっしゃって、話し合いませんか」

彼女がやってきた。思ったとおりの年頃で、化粧が濃い。似た年頃で、やはり濃い化粧の女性がなぜか一緒だ。こういう女性が日本語の会話を習う目的はだいたい分かる。金持ちの日本人と結婚するためだろう。重ねて授業料の値下げを要求され、李老師は仕方なく折れる。まだよちよち歩きのわが塾としては、1人でも生徒が欲しい。
「個人授業だと1時間20元ですが、10人前後のクラスだと1時間13元です。あなたは個人授業ですが、クラスに入ったことにして、13元ではどうですか」。これで授業料のほうは折り合いがついた。

次に、授業の時間を決めようとしたら、2人で相談している。同伴の女性も一緒に授業を受けるつもりらしい。それはそれで結構な話である。李老師が「こちらの方も・・・」と聞くと、「ええ、私はヒマだから、一緒に来て横で聞いています。1人だろうと、2人だろうと、先生のやることは同じでしょ」。つまり、授業料は2人で1人分の13元にしろ、ということだった。

あきれてお引き取り願ったが、似たことはよくある。当地の人たちはカネに関しては実にシビアだ。そして「私はおカネがありません」が口癖みたいだ。とことん負けさせようとする。

ホテル勤めの若い女性が3人でやってきたことがある。3人も一緒というのは実にありがたい。週に3回、何時から何時まで、授業料はいくらと、話がほぼまとまった。やはり「おカネがありません」と言うので、授業料はいくぶんかサービスさせられた。その後で、彼女たちが言うには「私たちは仕事が不規則ですから、3人のうち1人は来られないことも多いです。ですから、授業料を2人分にしてください」。このお三方にも引き取っていただいた。「授業料を値切る人なんて、これまで聞いたことがありません」と、東北(旧満州)出身の李老師は苦笑いする。

もっとも、授業料を値切られるのには、ワケもある。わが塾は街の他の外国語学校に比べ授業料が高いと見られるからだ。ここまでに書いた授業料の例はわが塾でもやや高い場合だが、普通は1回2時間で週に3回だと、1カ月の授業料は200元ほど、1年続けると2400元だ。ところが、街の外国語学校では、週に5日の授業で1年(1カ月ではない)が300元、400元と宣伝している。わが塾とは雲泥の差がある。

ところが、これにはウラがある。わが塾では2カ月目、3カ月目・・・と、授業のレベルは当然のことに上がっていく。ところが、街の外国語学校では毎月、同じレベルの授業を繰り返している。だから、1年で授業料はわずかコレコレと言うけれど、毎月同じ授業に出てもあまり意味がない。実質の授業は1カ月で終わってしまう。高いレベルに進みたくても進めない。安かろう悪かろうである。

「800元を払ったら一生涯、英語の授業が受けられます」と宣伝した外国語学校があった。ところが、やはり1カ月ごとに同じ授業を繰り返しているだけだ。「まるで詐欺に遭ったみたい」とぼやいていた女性を知っている。安く、安くと思っているから、かえって穴に落ちてしまうのかも知れない。安物買いの銭失いである。

お引き取りを願った人たちは我々のことを「ケチ」と言っているかも知れない。しかし、ここのところはどうしても譲れないのである。