日本人 長野での聖火リレーは一応、大過なく終わったようですが、チベットを支援する人たちと「中国がんばれ」と騒ぐ中国人とで騒然としていました。前代未聞の聖火リレーです。こんなことでは、北京オリンピックは果たして無事に開けるのでしょうか? わくわくしています。
中国人 わくわくですって?
日 あ、失礼。言い間違えました。ひやひやでした。
中 言い間違いとは思えないですね。思わず本音が出たのではありませんか? どうもあなた方外国人は、北京オリンピックで中国が面子をつぶすのを待ち望んでいるみたいです。中国や中国人を小馬鹿にして、楽しんでいるような気がします。
日 いえ、いえ、とんでもないことです。北京オリンピックが成功するに越したことはありません。でも、長野といい、サンフランシスコやキャンベラといい、でっかい中国の国旗を振りかざしながら、「中国がんばれ」「中国はひとつ」などと叫ぶ中国人の集団が目立ちました。ちょっと異様でしたよ。「チベットに自由を」と言われたくらいで、中国人はなぜこんなにも騒ぐんですか? 過剰反応だし、第一、理由が分かりません。
中 もし、チベット自治区が独立するようなことになったら、中国のその後はどうなりますか? ウイグル族の新疆自治区が続くかもしれないし、台湾だって・・・あなたが今いる桂林は広西チワン族自治区にありますが、チワン族も独立を言い出すかもしれない。せっかく強大になった中国なのに、ばらばらになって、また欧米列強——もちろん、日本も入っています——からいいように扱われてしまう。中国が欧米列強の半植民地にされていたのは、そう古いことではありません。だから、「チベットに自由を」なんて言われると、中国をばらばらにして弱くするための欧米の策略ではないか、と中国人の神経を逆なでするんです。大騒ぎするのも、ちゃんとした理由があるんです。
日 でも、チベットが中国の一部である「チベット自治区」になったのは、人民解放軍が攻め入ってからのことですよ。チベット人が独立を望むのは無理もないことじゃありませんか。
中 中国は56もの民族からなる多民族国家です。では、どのようにして多民族国家になりましたか? 56民族の中では漢民族が圧倒的に強大です。公称13億の人口の9割以上が漢族です。この漢族が他の55民族を次々に支配下に置いていったから多民族国家になったわけです。
日 あれ、あなたは漢族のくせに、随分とあけすけに言いますね。じゃあ、あなた個人としては、チベット独立に賛成なのでしょうね?
中 とんでもないことです。そんな恐ろしいことを言ったら、たちまち国家政権転覆扇動罪とかで捕まって、間違いなく懲役刑が待っています。口が裂けても、そんなことは言いません。とにかく、今は「中国はひとつ」なんです。チベットも新疆も台湾も、中国から分離させることはできません。さっき私が言ったようなことは、強大な民族なら多かれ少なかれどこもがやってきたことですよ。その結果、今の世界があります。日本だって、北海道はもともとアイヌが住んでいました。それを大和民族が自分のものにしてしまったわけですよね。今、北海道をアイヌに返しますか? 沖縄だって、昔は琉球王国でしたよね。
日 話の方向を少し変えましょう。チベット人は人権の抑圧をやめてくれと言っているようです。ダライ・ラマ14世は、チベットには「言論の自由」のないのが一番の問題だ、と言っていました。独立を認めないとしても、「人権」の面で中国政府がやるべきことはいっぱいあるはずです。
中 その「人権」ってのは、何ですかねえ。そもそも中国は中国共産党が一党支配する国家ですよ。あなた方のおっしゃる人権なんてものが、そんな国に存在するはずがないじゃありませんか。寝ぼけないでください。チベット人に「人権」を認めろなんて言われても、はあ?それはなんのこっちゃ?
日 茶化さないでください。じゃあ、中国人は「人権」という言葉から何を思い浮かべるんですか?
中 強いて言えば、他人のことは気にしなくてもいい、表立って共産党に逆らわない限り、何をやっても自由だ、ということでしょうか。私はそう思っています。分かりやすい例を言えば、昼間、寝巻き姿で外をうろうろしてもいい。
日 そう言えば、桂林の僕の家の近くでも寝巻きというか、パジャマ姿で歩いている人たちをよく見かけます。若い女性だって、そうです。うらやましいです。でも、日本であんなことをやったら、ご近所から陰口をたたかれて大変でしょうね。
中 中国では誰もなんとも言いません。あるいは、パジャマ姿で大声で叫んでもいい。
日 公園などに行くと「あー」とか「おー」とか叫んでいる人がときどきいますね。気が少しおかしいのではないか。最初はそう思ったこともありますが、あれは一種の健康法なのでしょうかね。周りのみんなも無関心のようです。ひとりで大声で歌いながら歩いている人もちょくちょく見かけます。
中 「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉もご存知ですよね。お上がなんと言おうと、それが庶民にとって都合が悪ければ、絶対に従わない。政策を骨抜きにしてしまうという意味です。交通ルールだって、守らない中国人が多いです。しかも、他人が守らないからといって、注意をしたり、文句を言ったりはしません。
日 日本だったら、大声で怒鳴りつけます。だって、危ないですから。では、何をしてもいい、それぞれが好き勝手にやりましょうというのが、中国人にとっての「人権」ですか?
中 ちょっと極端な意見かもしれませんがね。日本ではなかなかそうはいかないでしょ? つまり、ある意味では日本よりも中国のほうが「人権」が認められている。そう思いませんか?
日 「人権大国」中国? 頭の中が少し混乱してきました。
中 あなたをおちょくったみたいで、すみませんでしたね。ところで、日本人に生まれたことを恥じている日本人って、どのくらいいるでしょうか?
日 変な質問ですね。現在では、そんな日本人はまずいないでしょう。いても、きわめて少ないだろうと思います。みんな世界に対して胸を張れると思っているのではないでしょうか。
中 私の感じだと、中国人に生まれたことを恥じている中国人は、国民の半分以上はいます。そんな中国人がやっと少しは胸を張れそうだというのが、北京オリンピックの開催なんです。だから、聖火リレーが外国で妨害を受けたりしたら、中国人は情けなくなります。これまでオリンピックにほとんど関心のなかった者までが関心を持ち出し、ナショナリズムが煽られています。かわいそうな中国人・・・。
日 で、結局、北京オリンピックはどうなるのでしょうか。オリンピックが開かれるまでには、いわゆる「人権状況」は少しは変わるんでしょうか。
中 以前、「毒ギョーザ事件」のときに「大事化小 小事化了」ということを話しましたよね。大きなことは小さくする、小さなことはないようにする、それが中国人のやり方だと。今回も毒ギョーザと同じように、人権問題をなんとかうやむやにしようと、いろいろ智恵を絞ることでしょうね。現に、反仏デモを組織したり、フランスのスーパー・カルフールの不買運動をやったりしています。これも大事化小——チベット問題を小さくしようという狙いでしょう。
日 フランスからはすぐに大統領特使が飛んできて、いろいろ釈明していますね。
中 自分の経済的な利益に絡んでくると、すぐに頭を下げる。そんな国には、人権問題について声高に他国に文句を言う資格はありません。
日 なかなかに鋭い反撃ですね。で、しつこいようですが、中国の人権状況が北京オリンピックまでに変わる可能性はあるのでしょうか?
中 残念ながら、外国の皆様のご期待にはとても添えないだろうと思います。逆に、締め付けがさらに厳しくなることは、ありうるでしょうね。あなたも言動にはくれぐれもご注意を・・・。