中国加油!! 中国加油!!

日本人 桂林市にも先日、北京オリンピック聖火リレーがやってきました。私も見物に出かけたんですが、コース脇の歩道は人また人で歩けないくらい、「中国加油」「中国加油」(注・「加油」は「がんばれ」の意)の大合唱でした。テレビで中継もしていましたが、夜「新聞・綜合」というチャンネルを見ると(注・「新聞」は「ニュース」の意)、また始めから終わりまで放送していました。私は途中で寝てしまったのですが、208人の聖火ランナー全員がまた出てきたようです。中国人って、どうしてこんなに聖火リレーに興奮するんですかね。

中国人 そんな間の抜けた質問をされると、答えようがないですね。

日  はあ? 間の抜けた質問ですか?

中  失礼だけど、そうですよ。もちろん、聖火リレーを見たくて出かけた人もいるでしょうが、動員された人たちのほうが多かったんじゃないでしょうか。ですから、その人たちも別に興奮していたわけではないと思いますよ。

日  動員ですって?

中  聖火リレーは国の重要な活動です。ですから、地元にある会社なんかにとっては、聖火リレーに協力することが重要な仕事なんです。もちろん、上のほうから何らかの指示があったはずです。反対はできません。で、本業を休んで社員全体を参加させたりするわけです。社員にとっても、これがその日の仕事です。それが中国です。中国は共産党が独裁する国であることを踏まえなければ、あなたのような間の抜けた質問になってしまいます。

日  なるほどね。途中、デパートに寄ったら、年中無休のはずなのに閉まっていました。変だなと思ったんですが、そのせいだったんですね。おそろいのTシャツを着た集団もあちこちで見かけました。それはそれとして、見物客のほぼ誰もが赤い「五星紅旗」(中国国旗)と北京オリンピックの旗を持っている。みんなではないけれど「中国加油」とか「I♡CHINA」とか描いたTシャツを着ていたり、あるいは、シャツや顔などに小さな五星紅旗をべたべた張り付けたりしている。でも、オリンピックには世界各国から人が来るんでしょ。しかも、四川大地震では外国にも助けられたわけです。五星紅旗もいいけど、あと1本はどこか別の国の旗にでもしたら、中国人の懐の広さも示せてよかったと思うんですけどね。共産党はなんでそれを考えないんですかね。

中  また間の抜けたことをおっしゃいますね。北京オリンピックは何のために開かれると思ってるんですか。言うまでもないことですが、共産党の求心力はいま随分と落ちています。ご承知のように、汚職・腐敗とか貧富の格差拡大とか、いろいろありますからね。そこで、オリンピックを成功させて求心力を取り戻したい。外国の旗なんか、なぜ振らせる必要があるんですか。人民の目が外に向いてしまいます。有害無益ですよ。あなたのおめでたさには私もいらいらしてきます。

日  はい、はい。でも、その求心力とやらについて言えば、四川大地震は随分と貢献しているんではないですか。私も犠牲者を悼む気持ちは人後に落ちないつもりですし、救援のヘリコプターの墜落には本当に胸が痛みます。でも、テレビを見ていると、共産党ならびに政府、それに人民解放軍がいかに被災者救済のために頑張っているか、こんな素晴らしい為政者のもとにいる人民は、なんと幸せなことかーーやや大げさに言えば、そんな報道ばかりです。申し訳ないけど、いささかうんざりしてきます。言葉がよく分からないので、間違っているかも知れませんが・・・。

中  まあ、あなたの言う通りでしょうね。テレビは共産党に都合のいいことを放送するメディアですから。

日  そして、助けられた人たちが「共産党ありがとう」「総書記ありがとう」「人民解放軍ありがとう」と涙ながらに言ったりする。本心からかも知れませんが、こんなのをしょっちゅう見せられるとね・・・。スローガンもまあ多いですね。「衆志成城」とか「万衆一心 不屈不撓 友愛互助 自強不息」とか、もう何百回見たでしょうか。すっかり覚えました。こういうのは、さしずめ「公共公告」とでも言うのでしょうかね。辞書を引くと「衆志成城」はみんなが心を合わせればどんな困難も克服できる、「自強不息」は自らつとめ励んでやまない、といった意味だそうですね。そのほかにも「強大な祖国」だの「民族の力量」だの、勇ましいキャッチフレーズがいっぱいです。現地で中継するテレビの記者は「衆志成城」と書いたTシャツを着ています。

中  そんなテレビの画面ばかりを見ていると、人間はどうなると思いますか。

日  私はいま、大学の日本語科の学生など何人かの日本語の作文を添削しているんですが、「テレビで中華民族の団結ぶりを見ると、涙があふれて止まらない」「今度の震災で中華民族は世界唯一の偉大な力を示した」とか「全世界の華人は力を合わせて、中国の振興のために頑張ろう」とか、オクターブの高い文章が目立ちます。悪いけど、やっぱり、ちょっとうんざり・・・。

中  ご苦労さまですね。その人たちだって、ほかにも言いたいことがあるかも知れませんが、共産党の批判につながるようなことは絶対に言わない。言ったら損をするだけですから黙っている。それが中国人の生活の智恵です。好きなことばかり言っている能天気な日本人とは違います。

日  日本人が能天気だとは、ちょっと引っかかりますが、まあ、いいでしょう。中国側の事情は分かります。「五輪より人権」と言って署名運動をしたら、懲役刑を食らったといった例も最近、ありましたしね。

中  話はちょっと変わりますけど、中国の大学生は一人残らず「マルクス哲学」「毛沢東思想」「訒小平理論」という科目を必修で勉強しなければなりません。「必修」とは言っても、以前は授業が始まるときに「はい」の返事だけをして、あとはそっと抜け出すこともできたんです。ところが、最近は授業の最初、中ごろ、終わりに計3回も出欠を取るようになったそうです。学生は悲鳴を上げています。ある大学生から聞いた話なんですけど、たぶん全国どこの大学でも一緒だと思いますよ。これも共産党の危機感の表れでしょうね。

日  聖火リレーの話に戻ります。欧米での聖火リレーなんですけど、中国のテレビをずっと見ていると、最初のころは妨害されたのを隠していました。みっともない、人民に見せられないと考えたからでしょうね。ところが、そのうちに妨害シーンも放映するようになりました。隠しても隠し切れない、それならば、いっそ放映して民族の団結心に火をつけたほうがいい、と共産党は考えたのではないかと思います。結果はバッチリ、海外での妨害画面で振られる留学生たちの五星紅旗、あの「赤い海」を見ると、感動で涙が流れて止まらない。私の知り合いの若者にはそんなのが結構います。

中  またまた話は変わりますが、テレビの天気予報で雨は降らないと言っていたので、私の友人が傘を持たないで出かけました。ところが、大雨に遭いました。家に帰って娘にそれを言うと「中国のテレビ報道で信じられるのは時報だけというのを知らなかったの?」と小馬鹿にされたそうです。この「テレビの報道では時報以外を信じるな」というのは、若者の間で結構流行っている言葉のようですよ。

日  へぇー、私なんかよりずっとよく分かっている若者もいるんですね。中国の未来は明るいです。中国加油!!