桂林名物「鉄格子」

国際的な観光都市「桂林」には三つの名物があると思う。一つは市内のそこかしこにあるカルスト地形の山々、二つめは山々の間の「両江四湖」、二つの川と四つの湖(と言っても大きくはないが)である。とりわけ上空から撮った写真を見ると、桂林はまさに「絵のように美しい」という言葉がぴったり。街が自然の中に溶け込んでいる。そして、三つめはアパート・マンションの1階、2階、3階・・・と窓に張られた鉄格子である。泥棒の侵入を防ぐためで「防盗窓」と呼ばれている。幸い、航空写真にははっきりとは写らないが、無粋なことこの上ない。

それに、1階や2階に鉄格子がある理由はまだ分かるが、3階以上となると、首を傾げてしまう。どうやって3階以上の窓から侵入するのだろうか。はしご車でも持ってこないと無理だろうし、そんな大掛かりな泥棒がそうそういるとは思えない。なのに、3階どころか、4階、5階、6階、7階、8階——つまり、アパート・マンションの最上階にまで鉄格子が張られているのをよく見かける。不思議である。


【↑わが東方語言塾は2階。鉄格子は住人のいない4階を除いて最上階の6階まで続く。】

桂林に来た最初のころはそう思っていた。が、だんだん事情が分かってきた。泥棒を防ぐための鉄格子ではあるが、一方では、身軽な泥棒はこの鉄格子を伝ってどんどん上っていけるのだ。つまり、1階、2階に鉄格子がつけば、3階もつけておかないと、泥棒に狙われる恐れがある。さらに、3階につけば4階にも、4階につけば5階にも・・・といった論理らしいのだ。悪循環ならぬ「悪上昇」とでも呼んだらいいのだろうか。

じゃあ、泥棒の上りにくい鉄格子にすればいいと思うのだけど、そうはなっていない。おおむね大変に上りやすくできている。どうしてだろうか? 僕でも3階くらいまでは上っていけそうだ。

現に最近、わが東方語言塾と道路を挟んだマンションの4階が夜、泥棒に入られた。3階までは鉄格子があったが、ここはなぜか鉄格子をはめていなかった。泥棒は1階、2階、3階の鉄格子を上って侵入したらしい。テーブルの上に置いていた財布や携帯電話をやられた。数棟があるこのマンションでは、泥棒の被害が頻発しており、やられたのはいずれも鉄格子のない部屋だった。この話を教えてくれたのは、わが塾で日本語を習っている青年で、「先生、泥棒の侵入に気づいても、絶対に騒いではいけませんよ。命のほうが大切ですから」と忠告してくれた。これが桂林人の常識だそうだ。

アパートの1階にくっついた一軒家風のわが家も、窓という窓は鉄格子で守られている。鉄格子を壊しでもしない限り、たったひとつのドア以外には泥棒の侵入口はない。一見、安全なようだが、今度は「火事でもあって、ドアから出られない場合、どうしたらいいのだろうか?」と心配になってくる。鉄格子は簡単には壊せないから、焼け死ぬしかないのだろうか。安全と危険はまさに紙一重である。

それはそれとして、泥棒のおかげで街のそこかしこでは鉄格子屋が繁盛している。わが塾のある通りは端から端まで歩いてわずか15分ほどだし、すでにある程度できあがった住宅街だが、道路わきに鉄格子屋は4つも5つもある。新しい団地ができると、その一角に鉄格子屋が次々と店を張る。鉄格子は1平方メートルあたり60元(1元≒15円)から80元、いざというときには鉄格子を開けられるようにしようと思えば、150元。泥棒のおかげで馬鹿馬鹿しい出費を強いられることになる。

もし泥棒の被害が頻発していなかったら、かなりの鉄格子屋は失業の憂き目に遭うだろう。とすると、泥棒と鉄格子屋はどこかでつながっているのではないか。「兼業」だって、いるのではないか。つい、馬鹿なことまで考えてしまう。だって、なんでこんなに上っていきやすい鉄格子を、あちこちの鉄格子屋が申し合わせたように作るのだろうか? それに、警察も泥棒を捕まえるのに、それほど熱心ではないらしい。泥棒が多すぎて手が回らないのか、面倒くさいのか。以前、わが塾に来ている女性が泥棒に入られ、指輪などを盗まれたが、なぜか警察に届けようともしなかった。

泥棒の話をしょっちゅう聞かされるので、僕も用心深くなってきた。出かけるとき、パソコンやプリンターは布団の中に隠している。家探しをされればおしまいだが、発見を少しでも遅らせたい。運がよければ、見つけられないかも知れない。洗濯物をわざと外に干しておいたり、台所の電燈をつけておいたりと、小細工もしている。だから、塾での授業を終えて夜遅く家に戻り、無事の分かったときが、一日中で一番ホッとする。ひとりで杯を挙げる。泥棒のおかげで毎日の楽しみもひとつ増えたというものだ。


【↑鉄格子を伝って侵入をはかる窃盗犯の撮影に成功。男は不埒にもカメラにむかってVサイン。】