結婚、子ども、仕事・・・

(日曜日の午後、わが塾で日本語を学んでいる生徒たちと、桂林市内の標高千メートルに近い山に登った。このあたりでは一番高い山だ。生徒が5人と塾で相棒の中国人の先生、それに僕の総勢7人。僕以外はみんな女性だ。上りは急な坂を喘ぎ喘ぎ1時間半ほど、下りはロープウエイでラクチン。陽が傾き、登山口近くの田舎風レストランで鳥鍋をつついているうちに、「身の上話」に花が咲いた。ほどよく疲れた体にビールと白酒(中国の焼酎)が効き、口を滑らかにしたのかも知れない。生徒の女性たちは21歳から26歳、みんな独身だ。デパートや旅行会社に勤めていたり、いまは失業中だったり、恋人はいたり、いなかったり、あるいは最近別れたり。わが塾で日本語を学び始めて1年ほどになる)

A わたし、いま、恋人はいないんだけど、ときどき急に結婚したくなることがあるのよ。体の具合が悪い時とか、寂しい時なんかが特にそうね。でも、真面目に考えると、結婚も怖い。何かいいことがあるのかどうかって。じゃあ、一生結婚なんてしないでおこうと思っても、それも怖い。毎日がとっても不安なの。

B わたしは結婚したくない。でも、子どもだけは欲しいの。自分ひとりで育てていける力があれば、絶対に子どもを産むわ。それに、両親に恩返しをしたいの。両親の住んでいる家は随分と古いから、新しいアパートを買ってあげたい。そのためには、ぜひ日本に行きたい。どんな苦労でもするつもりよ。両親に恩返しして、子どもがいれば、それだけで素晴らしい人生だと思うわ。

わが相棒の先生 わたしは男の子が2人いるけど、わたしも以前、両親と子ども2人とわたし、5人で生活できれば、どんなに素敵かって考えたことがあるわ。でも、Bさん、ご両親はどんなお考えなの?

B 家があって、適当な収入のある男を見つけて、早く結婚しろって、父はものすごくあせっています。桂林では、わたしのように25歳にもなれば、結婚して子どももいるのが普通ですから。

C わたしも同じ年ごろだから、両親は早く結婚しろってうるさいわ。でも、結婚の目的は何かって考えたら、封建的かも知れないけど、両親に恩返しをすることじゃないかしら。わたしが両親に恩返しをするのを助けてくれる人でないと、結婚する意味がない。お互いが好きだからっていうので、親に反対されながら結婚して苦労している人もいるけど、馬鹿な女だと思うわ。

相棒の先生 Cさん、恋人はいないの?

C 恋人っていうほどじゃないけど、付き合っている男性はいます。とっても楽しい相手だし、結婚しても2人の給料を合わせれば、なんとか食べていけます。でも、両親への恩返しはできません。恋愛は2人のものだけど、結婚は違います。

B 結局、わたしたちが不安なのは、みんな大学を出ていないし、手にはなんの技術もないし、武器になるものが何もないからなのね。お世辞じゃないけど、この塾に来て初めて勉強は楽しいっていうことが分かったの。もっと早くに気づいていればよかったんだけど、昔は勉強は嫌なものだとしか思わなかった。いまは先生が「3年頑張って日本語を自分のものにしたら、30年は使える」とおっしゃるから、それを信じて・・・。

D 同感、同感。わたしはみんなの中で一番若くて21歳だから、まだ結婚なんて考えたことがない。まず、自分が一生できる仕事を探すことが先決ね。できれば、会社をつくりたいし、日本語を武器にしたい。結婚相手を探すのはそれからね。恋人はいたけど、分かれちゃった。だって、一緒にいると楽しいけど、レベルがわたしと同じなの。男の子って、やっぱりいろんな面でわたしより優れていないと、付き合う意味がないわね。レベルが同じ人と暮らすなんて、ばかばかしいわ。

A Eさんはずっと黙っているけど、結婚する予定の恋人がいるんでしょ?

E 初恋の相手がずっと続いてるし、相手も相手の両親もわたしと結婚するものだと信じてる。確かに、彼も一緒にいると、とても楽しい。でも、それと結婚とは、ちょっと違うのよね。彼は典型的な桂林の男なの。とにかく、怠け者。わたしはいま、会社が終わってから一生懸命に日本語を勉強しているのに、彼ったら適当に仕事をして、あとはテレビゲームに夢中になっている。向上心っていうものが全くない。結婚してから住む家はあるし、お金もまあまああるんだけど、結婚しようって気持ちは冷めていく一方ね。いまは日本語が恋人かも知れない。

(いやはや、男たちは知らぬが仏、さんざんである。それはそれでもいいのだけど、どうやら彼女たちはわが塾に人生の「転機」をかけてくれているみたいだ。大学で教えている時は、真面目にはやったつもりだけど、ボランティアのせいもあり、気分は楽だった。でも、授業料をもらっているいま、彼女たちの願いをあだやおろそかにはできない。いささか身の引き締まる思いの夕食でもあった)