悪条件下の日本語能力試験

毎年12月の最初の日曜日に、日本を含め世界いっせいに「日本語能力試験」なるものがある。国際交流基金などが主宰していて、日本人以外が対象。中国では今年、北京、上海、香港など31の都市で行われた。一番難しい1級から2級、3級、4級と、4段階がある。中国全体で何人が受験したのかは知らないが、わが塾からは20歳代を中心に女8人、男2人の計10人が挑戦した。去年も数人が受験したが、「あいうえお」から教えた生徒が受験するのは今回が初めてだ。1級への挑戦はまだ無理で、2級が6人、3級と4級が各2人、言ってみれば、わが塾の「初陣」である。

試験前の1か月間、わが塾は日曜日も授業を休まなかった。さらに、普段の正規の授業は初級、中級のクラスとも週に3回、夜の2時間だけだが、この間は「いつでも塾に来てよい」ことにし、来た生徒には個別に教えた。サービス残業ならぬサービス授業だった。昼過ぎにやってきて、夜の授業にも出る生徒には、一緒に晩ご飯も食べさせた。

中国では31もの都市が試験会場だとは言え、残念ながら、わが桂林市や、桂林市が所属する広西チワン族自治区の都市はその中に含まれていない。10人の受験生は他の省にある試験会場に行くしかない。そして、どこで受験するかはインターネットで申し込むのだけど、これがまた大変らしい。申込者が殺到したら、希望したところに行けるとは限らない。桂林から一番近いのは――と言っても、汽車で14時間ほどかかる広東省広州市だが、ここで受験できたのは10人中6人だけ、3人はもう少し遠い貴州省貴陽市、最後の1人は汽車で26時間の陝西省西安市だった。汽車の中から「ただいま○○通過中」「やっと××に到着」と、何度もメールを送ってきた。

試験が終わり、数日して、生徒たちが桂林に戻ってきた。「広州組」の第一声は「まだ時間が来ていないのに、試験官から『答案を出せ』と言われて追い出されました。ヒドーイ!!」。この日本語能力試験は「文字・語彙」「聴解(ヒアリング)」「読解・文法」の3つからなっていて、それぞれに時間が決まっている。当たり前の話だ。ところが、広州の試験場ではまだ時間が残っているはずなのに、提出を求められたとか。「じゃあ、何分ぐらい早かったんだい?」と聞くと、きちんとは答えられないのだが、「早かったのは間違いない。ほかの連中もぶつぶつ言っていましたから」と言う。

そう言えば、ハルビンにいた時にも似た話を聞いたことがある。この時は受験生が試験官に強く抗議した。当然だろう。ところが、怒った試験官に答案用紙を破り捨てられ、一巻の終わりとなったという真偽不明の尾ひれもついていた。日本語能力試験の受験指導の際には「例え時間が短くても、試験官とは喧嘩しないように」との注意もあったりするそうだ。

「貴陽組」の第一声は「聴解が大変でした」。試験場には音声を流すちゃんとした装置なんてものはない。使われたのは小さなプレーヤー。わが塾で10人ほどのクラスで使っているのと似たやつだったそうだ。で、受験生30人ほどの教室でその音量をいっぱいにしても、後ろのほうはイマイチよく聞こえない。一方で、前のほうは音が大きすぎて困る。このため、受験生の間から「聞こえない」「音が大きすぎる」との相反する抗議が飛び出し、試験場がざわざわした。おかげで問題の2つか3つは全く聞き取れなかった。おまけに、隣の試験場からもプレーヤーの音声がわずかな遅れで聞こえてくる。受験生たちにとって、聴解は他の科目に比べずっと難しい。大いにあせったことだろう。

去年まで教えていた広西師範大学日本語科の4年生で、北京で1級を受験してきた女の子にぱったり会った。その試験場での聴解はイヤホーンを使う進んだやり方だったが、雑音が入ってよく聞き取れなかった。「出来たのは、100点満点で20点ぐらいかも」と肩を落としていた。

たった1人の「西安組」は行き帰りとも寝台車ではなく硬い椅子の硬座車に座り放し。おカネがないからで、「ほんとに疲れました」と言うが、試験場では問題はなかった。時間はきちんと守られ、聴解もはっきりと聞こえたそうだ。

日本語能力試験の受験料は今年352元(1元≒13円)。広州や貴陽、西安まで受験に行けば、ほかに1000元程度はかかっているだろう。働きながら学んでいるわが生徒たちはおおむね貧しい。給料の2か月分やそこらにも相当する金額だ。時間前の追い出しといい、聞きにくいヒアリングの音声といい、「大金」を投じた受験生がかわいそうになる。試験場に問題がないところもあったが、行き帰りが大変だった。でも、これだけの悪条件のもとで、もし合格してくれれば万々歳だし、仮に落ちても、実力は合格レベルだ、と生徒たちを励ましている。