「為人民服務 毛沢東」

わが「東方語言塾」の正式の名称は「桂林市東方語言翻訳諮詢服務部」と言う。「服務」は「奉仕する」「サービスする」といった意味。1か月ほど前に桂林市の工商行政管理局なる役所から使用を許された名前である。何やら市役所の一部門のようだが、そうではなくて、個人経営の会社といったところだろうか。これまでわが塾は公的にはなんの資格もない存在だった。だが、これで一応、役所のお墨付きを得た格好になる。その過程で、この地の役所の「仕事ぶり」も垣間見ることができた。

今回の申請に当たっては、まずは工商行政管理局に足を運んだ。主務官庁がそうだから、当然のことだ。ところが、その工商局では「まず消防大隊(消防署)に行って、許可をもらって来い」とのこと。エッ、なぜ、いの一番に消防署なの? ちょっとしつこく聞くと「最近は火事が多いからだ」と言う。でも、わが塾は火を大量に使って料理を作り、客に提供するわけではない。依然、腑に落ちないが、これ以上言っても仕方がない。役所の入り口には「為人民服務」という毛沢東氏の言葉が、彼の署名とともに麗々しく掲げてある。役所はきっと人民のためにいろいろと考えているのだろう。おとなしく消防署に出向いた。

その消防署ではいきなり「1000元(1元≒14円)払いなさい」とのこと。エッ、なんでそんなに? 日本で言えば、10万円くらい請求された感じだ。だが、「1000元の根拠は?」なぞと尋ねても、むなしいだろう。ここにも「為人民服務」が掲げてある。で、「そんな大金、持っていません」と、別の手で抵抗してみた。すると「じゃあ、500元でいいから払いなさい」。バナナの叩き売りみたいだ。

仕方なくここらで折れて500元を払うと、紙切れに何やら書き始めた。「ハイッ」と渡してくれたのを見ると「消防安全検査意見書」とあり、続いて「(わが塾に)消防署員を派遣して調べたところ、消防法規はキチンと守られており、消火設備も完璧であった・・・」という消防署の「意見」が述べられている。いやぁ、実に仕事が早い。これぞ「為人民服務」の模範ではないか。すっかり感心してしまった。

でも、大枚500元も取られたのは、いささか癪だ。そこで「領収書が欲しい」と言ってみると、気軽に書いてくれた。ところが、この領収書には消防署という名称も印鑑もない。受取人の名前も姓だけ。これじゃあ、何の意味もない。「あのう、印鑑は?」と言うと、「印鑑を持っている者は外出中だ」とのこと。どうやら、こんな不届きな人民を撃退するマニュアルもちゃんと用意してあるようだ。

さてさて、消防署の許可も出たので、勇躍再び工商局に出向き、手続を済ませた。消防署のようなおカネの請求も一切ない。2週間ほどすると、縦30センチ、横40センチほどの、何かの表彰状のような許可証が渡された。・・・と、許可証に続いて額縁が出てきた。許可証を入れるためのものらしい。「38元だ」とのこと。額縁のことまで心配してくれるとは「為人民服務」の鑑のような役所ではないか。もっとも、触ってみるとビニール製の額縁で、これ以上安っぽいものはないだろう、と思えるほどの代物だった。

これで手続はすべて終わったが、会社実印というほど大げさなものでもないけれど、「桂林市東方語言翻訳諮詢服務部」という印鑑もひとつ作っておきたい。どこかで勝手に作って役所に届け出ればいいのだろうと思ったら、あにはからんや、まず公安局(警察)に出向き、公安局が指定するはんこ屋でないと、作ることはまかりならぬと言う。ハイ、ハイ、ハイ。言われた通りにした。公安局にももちろん「為人民服務」が掲げてある。

指定されたはんこ屋は公安局の裏側にあり、おばさん一人が座っていた。多分、警察幹部の家族か何かだろう。「領収書がいるなら80元、いらないなら70元」と言う。オヤ、オヤ、警察が脱税まがいのことまでやっているのだろうか? それに、80元と言えば、この地では二人で北京ダックをたらふく食える金額だ。どんな立派なはんこが出来上がってくるのか楽しみだ。

翌日、なんの変哲もないゴム印が出来上がってきた。普通に作れば10元かせいぜい20元くらいだろうか。でも、はんこの真ん中には星がひとつ、燦然と輝いている。中国共産党のシンボルである。恐れ多くもこんな星があるのだから、ゴム印とは言え高くなったはずだ。勝手に作るのはまかりならぬと役所が言ったのも、納得のいくことだった。

ところで、消防署とのお付き合いはこれからどうなるのだろうか? 1年ごとに「安全検査」があるみたいだし・・・。工商局からはまた何かを売りつけられるのではないだろうか? 公安局は? 「為人民服務」って、ほんとに怖い。