銀行の窓口サービス評判記

わが塾の仲間が中国農業銀行のATM(現金自動出入機)からカネを下ろそうと、塾に近い支店に行った。同行は中国4大国有商業銀行のひとつである。この支店にはATMが3台、置いてある。うち1台の前にはずらりと人がいる。他の2台は数人ずつしか並んでいない。不思議な感じがしたが、わが仲間は数人のほうに並んだ。順番が来て機械を操作し、1000元(1元≒16円)を下ろそうとしたが、カネが出てこない。そばにいたマネジャーらしき男に「ATMにおカネが入っていませんよ」と苦情を言った。

男は不機嫌そうな顔で答えた。「カネはちゃんとあります。こちらのATMを使いなさい」。男が指したのはそこだけ人がたくさん行列しているATMだった。3台のうち1台だけにしかカネが入っていなかったのだ。

別の仲間がやはり塾に近い中国工商銀行の支店に出向いた。これも中国4大国有商業銀行のひとつで、総資産、営業利益では中国ナンバーワンだそうだ。ちょうど昼休みの時間だった。中国でもこの時間には客が立て込む。なのに、4つある窓口のうち1つしか開いていない。客は15人ほどいる。行員たちは留守番役を1人残して食事に行ったのだろう。仲間はそばを通り掛かった年配の女性行員に「どうして窓口をひとつしか開けないのですか」と文句を言った。

女の顔は怒りで紅潮したようだった。「あなたたちだって昼ご飯を食べるでしょう!!」。甲高い声が返ってきた。女は肩を怒らせて行ってしまった。

この銀行は図体が大きいせいか、一般の預金者には評判がよくないようだ。こんな悪口がある。中国工商銀行は英語名の頭文字を取って「ICBC」とも言う。一方、「預金してくれてもいいし、預金してくれなくてもいい」との中国語は「愛存不存」で、「愛」は英語の「I」を、あとは中国語の発音記号の頭文字を並べるとやはり「ICBC」。それほど尊大に構えているというお話である。

もっとも、中国の銀行窓口の悪口ばかりを言っては気の毒でもある。そのひとつは、中国では土曜、日曜もおおむね銀行の窓口が開いていることだ。実際はどうなのか、塾の近くの銀行の支店を回ってみた。すると、さっきの中国農業銀行中国工商銀行、そして同じく4大国有商業銀行の中国銀行中国建設銀行、それらに続く交通銀行の5行のうち中国銀行だけが「日曜と祝日」が休みで、他はすべて土曜も日曜も普段どおりの営業である。営業時間も午前9時から午後5時まで。日本でも午後5時までの銀行が出てきたが、圧倒的多数は午後3時までだ。こちらはATMも「時間外手数料」なんてことは一切ない。これらのサービスは中国側の圧勝であろうか。ただ、昼休み時間の客への対応を見ると、土日営業もお客のためを考えてかどうかは不明である。

また「サービス」と言っていいのかどうかは分からないが、感心するのは、銀行の窓口で例えば円を人民元と交換する場合、正規の比率でも、それより有利なヤミの比率でも(やや誇張して言えば)客が自由に選択できることだ。

例えば、かつては外国為替専門銀行だった中国銀行の窓口に行って、円の入った通帳を出し、「10万円を人民元に」と言えば、ごく普通に正規の比率で交換してくれる。

これをヤミの比率で交換したければ、傍らにヤミの両替屋を呼べばいい。電話すればスクーターで駆けつけてくる。そして、窓口でそれぞれが通帳を銀行員に渡す。交換するのが10万円なら、こちらの口座から10万円がヤミ屋に移され、ヤミ屋の口座から(最近の比率なら)6000元くらいがこちらに移ってくる。正規の比率の時と同じようにすべて銀行員がやってくれる。偽札をつかませられる心配もない。交換した元を現金で受け取ることもできる。

正規でもヤミでも交換の比率がそう大きく変わるわけではない。1万円を換えれば、ヤミのほうが10元かそこらがお得といったところだ。でも、10万、20万、30万円・・・となれば、馬鹿にはできない金額になる。

ヤミの両替屋と知り合いになるのは簡単だ。南寧で言えば、中国銀行で一番大きい支店に行けば、向こうから寄ってくる。付き合ってみると、別に怪しげな人たちではない。約束の時間もきちんと守る。また、昼休みで銀行が混んでいる時間にヤミ屋と約束してしまったとする。でも、心配は要らない。待っている人を尻目に窓口はヤミ屋の相手をしてくれる。銀行にとってヤミ屋はVIPであるようだ。

でも、当然、これは外国為替管理法(中国にもそんなものがあるはずだ)の違反であろう。だから、僕はヤミ屋を使わないで我慢している。曲がりなりにも教師をやっている以上、外為法違反とかでやられるのも嫌である。で、ヤミ屋の話は主に日本人、中国人の知人から聞いたことなのだが、円・元ではなくドル・元交換の需要がずっと多いはずだ。そんなヤミ取引容認は銀行にとってきっと大きな利益があるのだろう。

こうして見てくると、中国の銀行の窓口サービスがいいのか悪いのか、なんとも言いかねる。どうなっているのか、よくは分からないといったところである。


注:2011年3月15日付のこのブログでも「ヤミの両替」を書きました。