垣間見た中国の「入院事情」

「親知らずが痛くて、もう我慢できません」と、わが塾で相棒の中国人の先生が地元の大学病院口腔外科に向かった。それほど経たないうちに彼女から「すぐ入院するように言われました」と、電話が掛かってきた。緊急入院して残っていた親知らず2本を抜くのだと言う。僕は「それは、それは・・・どうかお大事に」とかなんとか言いながら、むかし新聞記者だったせいか「悪い癖」が頭をもたげてきた。こいつは面白い、めったにない機会だ、中国の入院事情がいろいろ分かる、密着取材ができるぞ・・・以下はその見聞記である。

入院を命じられたのが木曜日。翌日の金曜日には手術かと思いきや、なんと週明けの月曜日が手術の日。木、金、土、日の4日間、たかが親知らずの手術なのに、いったい何をやるの? 「中国では入院して手術となると、どんな手術でも体全体を検査します。4日間の入院はそのためでしょう」と彼女。万全の注意を払って手術に臨む。それはそれで結構なことである。「でも、おカネがかかります。手術で入院する時は術前検査が一番怖い、とみんな言っています」。

確かに、彼女の場合も、心電図や胸部のレントゲン撮影から計4回の血液検査、頻繁な血圧と体温の測定などなど・・・退院後に渡された検査項目並びにそれらに使った薬品・材料費の一覧表は(手術費も含んだ一覧表だったが)長さが70センチもあった。それぞれが必要な検査だったのだろう。でも「親知らず」と「胸部のレントゲン撮影」にどんな関係があるのだろうか? 彼女が「ある検査」に病院内の「さる部署」に行ったところ、大変に込んでいたので引き返してきた。そして、看護婦に「込んでいるからやりたくない」と言うと、「じゃあ、やらなくてもいいですよ」。どうでもいい検査も含まれているらしい。

で、緊急入院のための病室だが、「病室はいっぱいなので、廊下に置いたベッドに寝てください」とのこと。下の写真がそうである。この病院に限らず中国では、このような「廊下の病室」がよくある。もっとも、わが相棒が「こんなところでは私は眠れません」と抗議すると、「じゃあ、自宅に戻って寝てもいいです。ただし、朝8時までにはベッドに戻ってきてください」。結局、彼女は手術前の4日間は廊下で形式だけの入院をし、手術した日は病室の空いたベッドに移動、翌日午後に退院した。ベッド代は廊下が1日10元、4人部屋の病室が1日25元(1元≒13円)だった。

手術は全身麻酔して朝の8時過ぎから昼ごろまで、4時間近くかかった。執刀は口腔外科の主任医師。親知らず2本を抜くのに、なんで全身麻酔? なんで4時間近くも? とも思ったが、全身麻酔はこんな手術の場合の決まりらしい。患者は50歳代だから、おそらく難しい手術で時間もかかったのだろう。もっとも、患者は麻酔が醒めてから「必要のないところまで切られました。ほら、こことか・・・」なぞと、不平たらたらだった。

中国では入院する時、費用を前払いするのが決まりだ。カネがなくても取り敢えず入院し、カネの工面は入院中に、というわけにはいかない。入院前に払ったカネが足りなくなってくると、入院中に追加請求がある。こいつを払わないと追い出されるのかどうかまでは知らないけど、なかなかに厳しい仕組みだ。

相棒の先生は入院時に800元を払った。日本円で1万円ちょっとだ。外来の診察代、薬代が200元、入院・手術費が600元という内訳だった。これを聞いて「へぇ〜 案外安いんだなあ」と思ったのだが、間違いだった。外泊入院の彼女が翌日、廊下のベッドに行くと、500元の追加請求書が置いてあった。合わせて1300元。でも、まあ、そう高くはない。これも間違いだった。退院時に払ったカネは、先払いした分を含めて5500元あまりになった。日本円で言うと7万数千円、普通の中国人にとってはとても痛い金額である。

聞くところによると、中国の病院の医師には基本給のほかに「歩合給」のようなものがある。これが中国の医療制度の「癌」なのだそうだ。そう言われてみると、手術前の全身の検査と言い、カネのかかる全身麻酔と言い、納得がいくような気もする。

なんだか悪口ばかり言ってしまったようだが、中国の病院も決して悪くはない。のんびり、ゆったり、おおらかである。病室にたばこの煙が流れてくる。おや、と思って見回すと、窓のところで吸っている患者がいる。廊下で吸っている白衣の男も見かけた。一応は病院内禁煙でも、そうはうるさくないらしい。手術のあと見舞いに行き病室に座っていると、あとからやってきた塾の女の子が「はい、先生」と、リュックから冷えた缶ビールを出してくれた。看護婦さんの目の前で頂戴したが、彼女は目もくれない。日本でならつまみ出されるかも知れない。病室でマージャンをやってもOKと聞く。1万円くらいの予算で2〜3日、静養入院なんていうのも悪くないかなあ、と思っている。