「万博の上海」あら探し

【その一】夏休みで日本へ戻る途中、上海に立ち寄るのだから、「上海万博」でもひやかしてこようかと考えた。「大阪万博」にも「愛知万博」にも行こうとは思わなかったが、せっかくの機会だ。で、まずはホテルと、日本との行き帰りに使っている上海の常宿に電話した。すると「万博期間中、外国人の宿泊はお断り」とのこと。エッ、いったい、どうして?

僕はこの数年、日本との往復には上海―大阪・神戸の船を使っている。宿泊を断られたホテルは以前、その船会社が紹介してくれた。1泊100元(1元≒13円)。上海にしては安いし、船着き場まで歩いていける。寂れた感じのホテルである。と言っても、かつては安ホテルではなかったみたい。ロビーや階段の広さから判断すると、繁盛した時代もあったようだ。

このホテルが外国人の宿泊を断るのは、当局の指示なのだと言う。まず、ホテルにはレストランがない。おまけに、最近は高層ビルが建ち並びだしたものの、このあたり、元はと言えば上海の場末である。薄汚い食堂が並んでいたりする。僕も宿泊のたびに、そんな店に入って牛肉ラーメンとか水ギョーザとかを食べながら、ビールの大瓶をラッパ飲みしていた。ラッパ飲みは、コップなぞという気の利いたものがないからだ。外国人にこんなことをさせて、もし食中毒でも起こされたらどうするか。ホテルの薄汚さそのものも恥ずかしい。中国の威信にかかわる。外国人お断りの理由はそんなところらしい。

仕方がない。また船会社に紹介してもらって、当局の認めるホテルに泊まることにした。朝食込みで1泊160元。宿泊代は高くなったけれど、フロントの従業員には愛想のかけらもない。夕方の5時にチェックインしたら「来るのが遅い」と文句まで言われた。「世界の国からこんにちは」(大阪万博の時の歌です)なんて、露ほども思っていないみたいだ。

ところで、宿泊お断りのホテルはもともと外国人を泊めてはいけないホテルだったとか。普段は当局も見て見ぬふりをしていたが、万博というので厳しくなり、見回りまで始めたとのこと。本当に余計なお世話である。

【その二】交通信号無視は車も人も茶飯事の中国だが、この船着き場あたりで怖いのは、交差点で横断歩道を渡る時である。もちろん僕は青信号で渡るのだが、右や左から来る車のうち赤信号で止まってくれるのは四輪車だけ。バイク、スクーター、それに自転車はどいつもが信号無視で横断歩道に突っ込んでくる。わが田舎町の桂林でもそんなことはない。進行方向が赤信号なら、バイクもスクーターもちゃんと止まっている。が、上海では違う。下にあるのはいかにも素人っぽい写真だけど、そんな光景のひとつである。左上の歩行者用信号はちゃんと「青」になっている。

もっとも、このあたりの交通量は都心に比べるとまだそれほどではない。上海の名誉のために言えば、これも信号無視に影響している。例えば、東や西に進んでいる二輪車は、例え赤信号でも南北方向の道路に車が見えないと、そのまま突っ込んでくる。南北から車が来ていると、横断歩道を越えたあたりでしばらく止まっている。やはり自分の命は惜しいのだろう。この数年、上海に来るたびに、こんなことで怖い思いをしていた。万博になっても全く変わりはなかった。

【その三】さて、やっと万博会場に到着、まずは「北朝鮮館」に向かう。ここは不人気館のひとつで、行列なしですぐに入れると聞いたからでもあるが、とにかくこの「秘境」を垣間見てみたい。でも、がっかり。少しオーバーに言うと、見るものがほとんどない。下の写真のように、外観はまずまずだが、中がお粗末。ピョンヤン市内の大きな写真があって、あとはいくつかのテレビ画面、それに切手とかの土産物売り場があるだけ。切手の収集家なぞを除くと、5分の時間をつぶすのも大変だ。客が途切れることはなかったが、それは「万博パスポート」と称する冊子にスタンプを押してもらうためでもあるようだ。仲間から預かってきたのだろう、ひとりで何冊ものパスポートを抱えている人もいた。


あと、イランとか、モンゴルとか、あるいはバングラディシュ、モルジブトルキスタンなどなど、あまり人気がなさそうで、したがって行列の必要のない所ばかりを見て回ったが、北朝鮮館ほどに退屈なパビリオンは見当たらなかった。中国の援助で北朝鮮館が出来たそうだが、気の毒に展示に使う「カネ」がなかったのだろう。貧すれば鈍す、「知恵」もなかったのだろうか。ピョンヤン冷麺の店を併設するとか、知恵さえ絞れば少しは人気を呼べたのに・・・日本館の近くでは「吉野家」の牛丼が客を集めていた。

【その四】万博会場で5時間ほどうろうろし、結構疲れて地下鉄に乗った。乗り換えの「人民広場駅」で降りようとすると、いきなり車内に押し戻された。見ると、おばさんの集団である。思わず「降ろしてくださーい」と日本語で叫んでしまった。

1年前だったか、上海の地下鉄終点でみた光景が忘れられない。終点だから、乗客全員が降りる。だから、みんなが降りるのを待って、ホームにいた人たちが乗る。これが普通だろう。だが、この時は誰ひとり降りないうちに、ホーム側からいっせいに乗りだした。降りる側と乗る側、ふたつの集団がまさに「がっぷり四つ」である。いやぁ、すごーい。日本でなら喧嘩になるところだろう。でも、上海ではそんなことにはならなかった。茶飯事で慣れているからか、皆さん、大人であるためか、怒声もなくそのうちにちゃんと収まってしまった。これも、すごーい。

【その五】桂林と同じく上海でも、パジャマ姿で街中をうろつく人たちが目につくそうだが、万博期間中はその禁止令が出たと聞いていた。で、実際は?と興味を持っていたが、なんのことはない。泊まったホテルに近い市場に行くと、パジャマ姿のおばさんが5人、10人・・・朝方だったからかも知れない。夕方、ラーメン屋にいると、若いカップルがスクーターでやってきた。男は普通の格好だが、女はパジャマ姿。なんとなくなまめかしかった。

――と、何かとあら探しをしてみたが、でも、上海市民ってなかなかの人たちである。交通規則の遵守にしろ、地下鉄の乗り方にしろ、あるいは、ホテルのサービスにしろ、パジャマ姿にしろ、当局は人々を外国人にも恥ずかしくない「文明市民」にしようと、うるさく指導しているはずである。市内のそこかしこにそんな掲示もしてある。が、市民はおいそれとは「お上」の言うことに従わない。万博があろうと、いつもの通りである。これこそ本当の「文明人」ではないのか。そう感心しながら、船で上海をあとにしたことであった。