「尖閣諸島沖衝突事件」岡目八目

尖閣諸島付近で海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突した。以来、広州にある日本国総領事館は管内の在留邦人向けに「尖閣諸島関連 注意喚起」というメールを3回も送り届けた。3回とも内容はほぼ同じで、総領事館にビール瓶が投げ込まれたとか、北京や上海で抗議行動があったとか記した後、以下の注意事項が並んでいる。

「外出する際には周囲の状況に格別の注意を払い、広場など大勢の人が集まるような場所では特に注意する」

「中国人と接する際には言動や態度に注意する」

「日本人どうしで集団で騒ぐ等の目立った刺激的な行為は慎む」

僕のような者の心配までして頂くとは、まことにありがたいことである。でも、この3項目を読んでいて「オヤッ」と思った。まるで、日本が中国に対して何か申し訳ないことをしたので、在留邦人はしばらく謹慎していてください、といった感じにも読める。そこまで深読みしなくても、「在留邦人はとにかく静かにしていてくれ」という要請であることは間違いない。

何事につけ、いささか中国に贔屓(ひいき)してしまう僕だけど、今度の事件は報道から判断する限り中国側に100パーセントの非がある。その後のあの手この手の嫌がらせの連発もかなりのものだ。よくもあれだけ味噌も糞も一緒にした意地悪ができるものだ。中国共産党の幹部は子供のころから「いじめっ子」で名を馳せた人たちなのだろうか。

中国首相が招待していた1000人の「日本青年上海万博訪問団」も、あろうことか、前々日の夜になって取り消された。青年の交流と今度の事件とは何の関係があるのだろう? 永く世界の「どたキャン史」に残すべき暴挙ではないか。それなのに、僕ら日本人がなぜ下手(したて)に出なければいけないのだろうか?

それに「中国人と接する際には言動や態度に注意する」とは、何をどう注意しろと言うのだろうか? もし、中国人が「尖閣諸島(彼らは別の名前で呼んでいるが)は中国の神聖な領土だ」と言って来た時には、どうしろと言うのだろう? 「言動や態度に注意する」だけでは、どうしていいのか分からない。 

そうではなく、例えば尖閣諸島が日本の領土である根拠を、分かりやすく三つくらいにまとめ、「機会があれば、これを中国人に伝えてください」とでも言ってくれるなら、僕も日本国外務省を誇りに思うことだろう。何しろ中国は共産党一党独裁で、新聞もテレビも共産党に都合のよいニュースしか流さない。一般の中国人が日本側の主張を聞いて「ああ、そういうことだったんですか。知りませんでした。目からウロコです」。そう言ってくれないとも限らない。

「日本人どうしで集団で騒ぐ等の目立った刺激的な行為は慎む」なんていうのも、よく分からない。例えば、日本人の仲間とカラオケに繰り出し、『北国の春』なんかを日本語でがなったら「目立った刺激的な行為」なのだろうか。もしそうなら「カラオケで日本の歌を歌うのはご遠慮ください。なお、3人以上で出掛けると集団と見なされます」とか、具体的に言ってほしい。ついでに(いささか品のない冗談だけど)「買春は事態が落ち着くまでご遠慮ください」とでもやったら完璧だろう。

僕は、何も日本国外務省にカラオケ是か非かまでいちいち指示していただこうとは思わない。でも、こんな「注意喚起」で事足れりとするのはいかがなものであろうか。むしろ「中国人の反日デモに対抗して、日本の正しさを訴えるデモをやっていただければ幸いです。ただし、身の安全には十分にご注意ください。外務省は責任を負いかねますので・・・」とでも言ってほしい。僕も老骨に鞭打って立ち上がるかも知れない。

何年か前のことだが、日本の大新聞の論説委員氏が(正確な言葉遣いは忘れてしまったが)「アジアには北朝鮮ミャンマーのような独裁国家があって・・・」と書いていた。僕はこれを読んで思わず「おいおい、一人忘れていませんか」と叫んでしまった。

突然の余談ながら、「一人忘れていませんか」は講談や浪曲清水次郎長の子分、森の石松が言うせりふである。舟に乗り合わせた男が「次郎長も偉いが、いい子分がいるぜ。大政、小政・・・」と名前を挙げていく。が、「石松」がなかなか出てこない。痺れを切らせて・・・というお話である。本題に戻ると、忘れられた一人とは「中国」である。アジアの独裁国家の中でこんな大物を落とすなんて、論外だし、失礼でもある。

この論説委員氏に限らず、どうも日本人は中国が共産党一党独裁の国であることは一応は知っている、でも、普段の意識の中ではついついそれが抜け落ちている気がするのだ。

一党独裁とは、立法も司法も行政も、そして軍隊も、もちろん新聞・テレビも、すべて共産党の下にあるということだ。共産党オールマイティーである。「法治」というスローガンがあちこちに張ってあるが、実際は「人知」の国である。法治が行われているなら、こんなスローガンがあるはずもない。大学で教えていたころ、教え子が共産党に入ったので「どうして?」と聞くと「わたし、コネが全くありません。せめて党員にでもならないと、就職が・・・」とのことだった。上は独裁、下はコネ、そういうことをしっかりと踏まえたうえで、共産党一党独裁の中国とお付き合いしないといけないのではないか。もっとも、今度の事件で、はからずも中国共産党はその「本性」をたっぷりと見せてくれた。遅まきながら、日本人にとって収穫ではなかったろうか。

心配なのは、この事件を機に中国嫌いの日本人がどんどん増えるだろう、ということだ。でも、どうか普通の中国人をあまり嫌わないでほしい。衝突事件の後、北京のある会社が日本への1万人規模の旅行をどたキャンした。間違いなく中国共産党の意向を受けてのことだ。この話を知ったわが塾の生徒たちは「衝突事件云々は政治の問題です。観光旅行と何の関係があるのですか。中止するなんておかしい」と声をそろえた。共産党のお偉方よりはずっとましな判断ができている。

それに、中国共産党員だからと言って、意地悪な人たちばかりではない。僕の知人、友人にも共産党員はいっぱいいるが、みんな常識があり、人情味もある人たちである。約束もちゃんと守ってくれる。以前、教え子の共産党員の学生が日本へ留学することになった。その目的の一つは「いざと言う場合に、家族みんなが逃げて行ける場所を日本に確保しておくこと」だった。共産党員もいろいろなのである。

蛇足っぽくなるが、14人の船員が釈放された時も、船長が釈放された時も、すぐに中国から迎えのチャーター機が飛んできた。これには笑ってしまった。中国側にすれば、船長らの勾留は「不当」なものなのだから、釈放された際には「日本側の責任で送り返せ」と言うべきではなかったのだろうか。当然、日本側は応じないだろう。2〜3日、揉めた後、人道的配慮から仕方なくチャーター機を飛ばす。ただし、掛かった費用はすべて日本側に請求する。外交のことは素人だし、裏で何があったのかは知らないが、中国側としてはそれが筋というものではないのだろうか。

あるいは、中国側はやっと釈放されたという安堵のあまり、筋を忘れてしまったのか。それとも、尖閣諸島の件ではとうてい勝ち目がない、今は騒いでいるが、将来的には諦めますよ、というサインだったのではないか。このブログの題にした「岡目八目」は「いい加減な見方」のことだと思っていたが、辞書を引くと「第三者には、当事者よりもかえって物事の真相や得失がよくわかること」(岩波国語辞典)とあった。いや、そんな自信は毛頭ない。