農村の「結婚式」

5月某日、ちょっと遠方の結婚式に出掛けた。南寧から汽車で5時間余り、そこからバスで1時間の農村。桂林時代に生徒だった女性の妹の結婚式である。独身の姉は今、桂林で日系の会社に勤めている。日本語こそイマイチだが、わが塾ではなかなかに存在感があった。黙っていても、新しい生徒を集めてきてくれたりした。妹とは格別の面識はないが、姉には義理がある。それに、これまで何度か教え子の結婚式に出たことはあるが、農村でのそれは初めてである。野次馬根性も働いた。塾の仲間の女性3人と一緒に出掛けた。

結婚式当日の朝8時、僕たちは汽車駅近くのホテルから花嫁の家に向かった。中国では普通、花婿が花嫁を実家まで迎えに来る。そして、自宅に連れて行き、どこかで結婚式・披露宴という段取りになる。で、まず花嫁の家に行ったのだが、花嫁の出発前にも彼女の家で大掛かりな宴会があった。送別のためだそうで、出席者は親族、村人、友人たちが200人ほど。花嫁の家はレンガ造り3階建ての結構大きな農家だが、これだけの人数が一堂に集まるのはもちろん無理だ。屋上に6テーブル、軒下に3テーブル、各部屋に1テーブルずつというふうに20テーブルが用意された。


上の最初の写真が、軒下に設けられた僕たちのテーブル。花嫁の義理の姉や、花嫁の付添人つまり親友もいて、みんなそれなりにお洒落している。次の写真が僕たちの隣のテーブル。親族か村人か、どちらかだろう。仕立て下ろしのシャツ姿である。向こうに水田が見える。花婿が一度、僕たちのテーブルに挨拶にやってきたが、花嫁はいっこうに姿を現さない。どこかの部屋で両親と水入らずのお別れの食事をしているのだと言う。

それにしても、200人分もの料理をどこで作っているのだろう? 家の中をうろうろしていたら、料理の現場にぶつかった。台所と言うより物置場といった所で十数人の男女が働いていた。隅の方に豚が4匹いた。よく見ると、料理を作っているのはもっぱら男性である。このおじさんたちは言わば村の「料理人」で、祝い事その他があれば呼ばれて行くのだそうだ。


昼前、花嫁が花婿の家に向かうため、家から出てきた。花嫁の両親は姿を現さない。両親は結婚式・披露宴にも出席しない。これが昔からのしきたりである。結婚披露宴に花嫁側から出席するのは兄弟姉妹ほかの親族と友人だけ。僕たちを含めて30人ほどで、上の写真のような花嫁、花婿の派手な車の後に続いて花婿宅に向かった。ご両人の車の右側に見えるのが嫁入り道具を積んだ車。冷蔵庫、食器の消毒器、ふとんなどが目についた。

花婿の家は同じ村の中。いくらかは賑やかな所にあるが、車でものの5分と掛からない。両親が住宅資材関係の商売をしているとかで、店を兼ねた家はレンガ造りの4階建て。結婚式・披露宴は午後2時からで、花嫁、花婿はそれまで3階の自分たちの部屋で休息している。僕たちもやることがない。手回しよく出来上がっている結婚アルバムを眺めたりして、時間をつぶした。

花婿宅の向かいにある、集会所といった所で結婚披露宴が始まった。花嫁、花婿は入り口に立ち、出席者にお菓子やたばこを配っている。結婚式はご両人の誓いの言葉、指輪の交換、ウエディングケーキへの入刀などと、日本の人前結婚式に似ていた。ただし、そう広くもない会場の二十数テーブルに二百数十人がごった返して、雑踏の中にいるような感じでもあった。また、塾の仲間に聞くと、花嫁、花婿が挨拶するなんて、農村では珍しい。普通なら、花婿の父親が「嬉しい。みんな思い切り食べてください」と話すぐらい。進歩的な結婚式なのかも知れない。


披露宴での料理の皿数は花嫁宅よりずっと多い。花婿側の力を示すためでもあろうが、料理の中身はさっきとほとんど同じである。ちょっと食傷したが、それもそのはず、料理人たちを見たら、先ほどと同じ顔ぶれ。狭い村の中に料理人がそうたくさんいるはずもないのである。

ご祝儀は花嫁宅、花婿宅で別々に集めていた。僕たち4人は「東方語言塾」として1000元(1元=12〜13円)を花嫁の母親に渡した。このあたりの相場はひとり100元だそうだから、まあ恥ずかしくはない金額だろう。ただし、花婿の方には渡していない。披露宴ではいささか肩身が狭かったが、その宴も1時間足らずでお開きになった。挨拶なんてものは花嫁・花婿以外には一切ないからスピーディー、飲みかつ食うだけである。

そろそろ引き上げようかと思っていると、花嫁側の連中が列を作って花婿の家に入っていく。なんだろう? 引き出物でももらえるのかしらん? でも、中国の結婚式では引き出物なんてないはずなのに・・・と首を傾げながらついていくと、みんなは代わる代わる洗面所に入っていく。そして、口をすすぎ、顔を洗っている。これもこちらの習慣だそうだ。理由を聞いたが、はっきりとはしなかった。何かの縁起かつぎなのであろうか。

で、いよいよこれで最後と思って外に出ると、さっきの会場の入り口に花嫁、花婿がまた立っている。人々がどんどん中に入っていく。あれ、どうしたの? もう一度、披露宴? そうなのだ、もう一度なのである。今回、花婿側が用意しているのは70テーブル、800人分の食事。会場の広さなどもあり、1回や2回の宴会では収まりきらない。3日目に「回娘家」と称し高級酒などを携えたふたりが花嫁の実家を訪問するまで、宴は終わらないのだそうだ。

ちなみに、花嫁は22歳、花婿は20歳とのこと。中国の法律では女性は20歳、男性は22歳にならないと結婚が認められない。今回、花嫁はOKだが、花婿は問題ありだ。婚姻届はどうなるのだろうか? すぐ子供が生まれたら? はるばるやってきて、祝意を表した者としていささか心配でもあるが、融通無碍のこの地の人たちのことである。なんとかなるのであろう。