女子サッカー「なでしこ南寧」誕生

ひょんなことからほぼ毎朝、わが塾の女性たちを集めて、サッカーの練習をするようになった。この4月の初め、生徒2人が「プレゼントです」と言って、サッカーボール1個を僕にくれた。「じゃあ、3人でちょっと蹴ってみようか」と、近くの広西大学のグラウンドに連れて行ったのがきっかけだ。

桂林にいたころは「運動」と言えば、山に登っていた。塾から遠くない所に階段の数が300から500、600の山がいくつもあり、生徒たちと一緒の登山が日課だった。ところが、南寧には山がない。来た当初は仕方なく街中を散歩したり、大学のグラウンドを走ったりしてみたが、あまり楽しくない。そんな折、グラウンドでサッカーボールを蹴っている連中を見て、僕が羨ましそうな顔をしていた――というのが、生徒からボールを贈られた理由だった。

「練習」と言っても大層なことをやっているわけではない。それぞれのアパートからグラウンドまで往復で30分は掛かることもあって、練習時間は30分から長くて1時間ほど。サイドキック、インステップキック、ドリブル、パスなどの基本を一通りこなしてミニゲームでもやっていると、あっと言う間に終わってしまう。僕はサッカーのコーチなんて柄ではないが、昔は一応、大学の体育会サッカー部に籍を置いていた。サッカー初めての女性たちに教えるぐらいなら、そうボロを出さないでも済む。

人数も少しずつ増えてきた。最初のうちは「脚が痛い」「腿が太くなりそう」などと言って、毎日は出てこなかった連中も皆勤するようになった。と言っても、まだ「イレブン」にはならないが、チームに名前も付けた。世界ランキング第4位の「なでしこジャパン」に倣って「なでしこ南寧」である。ユニホームはまだないし、サッカーシューズなんてものもない。あるのはボール4個のほかは、なんと呼ぶのか、ドリブル練習の時に障害物として使う、三角帽子のような奴が手作りも含めて30個足らず、そして、僕の使う笛1個、これらがわがチームの全財産である。

もちろん、対外試合はまだ一度もやったことがないが、先般、場外戦?で完勝を収めた。実はこのサッカーグラウンドは学生の授業時以外、大学が一般に開放してくれている。朝早くからボールを蹴っているグループがいくつかあるが、よく見ていると朝鮮族中国人・韓国人と思われる連中が圧倒的に多い。グラウンドのすぐ近くに彼らの住むアパート群もある。横目で見ていると、草サッカーとは言え、なかなかの技量である。それはそれでいいのだが、連中のマナーには感心しない。グループ同士のミニゲームはグラウンドの半分でやればいいのに、全部を使おうとする。人工芝のグラウンドにたばこの吸い殻は捨てるし、タンやツバまで吐く。

日ごろから苦々しく思っていたが、ある日、僕らのボールが彼らの中に入った。すると、それをこちらに戻すどころか、逆に遠方に蹴ってしまった。嫌がらせである。さあ、僕は切れた。馬鹿やろう!! もちろん、日本語である。相棒の中国人の先生も日本語で怒鳴り込んだ。すると、相手の様子が少し変である。ここは中国なのだから当然、中国語で怒鳴り返せばいいものを、口籠っている。朝鮮族中国人や韓国人なので、すぐには中国語が出てこないらしい。

すると、40歳ぐらいの男が出てきて日本語で応じてきた。相手もカッカしている。一触即発。僕の周りはわが「なでしこ南寧」の面々が固めているとは言え、何しろ女性である。相手は20代から30代、40代と思しき男たち。殴り合いにでもなったら大変だ。だが、当方がもっぱら彼らの非文明的な態度を責めたてたからだろう、抗弁もままならなかった。大事には至らず、なんとなく収束した。彼らの名誉のために言えば、翌日、向こうから侘びを入れてきた。その印なのか、ペットボトルの水も差し入れてきた。敵も天晴れであるが、いずれにしろ、「なでしこ南寧」は男たちをねじ伏せた。

それにしても、中国のこの南の端の土地で、中国人、韓国人、日本人入り乱れての喧嘩の「共通語」「公用語」が日本語であった。痛快でもあった。一方で(話は飛ぶが)社内の共通語、公用語を英語にしようという日本の会社が出てきている。グローバル化のためだとかで、経営者の考えや焦りが分からないでもない。だけど、「なんか、情けないなあ」という気がする。異国でほそぼそと日本語を教えている身にとっては、後ろから撃たれたような気さえする。

わがチームの共通語はもちろん日本語である。「こっちへパス!」「そこでシュート!」「走れ!」「うつむくな、胸を張れ!」なんて、日本語で怒鳴りあっている。サッカー用語の多くが英語であるのはいささか悔しいが、まあ仕方がない。日本語を学ぶ中国人にとって苦手な外来語の勉強にもなる。ただし、たとえグローバル化のためであっても、わがチームの共通語、公用語を英語にするつもりは毛頭ない。