疲れます 日本国へのビザ申請

知人の中国人から「久しぶりに日本へ行きたいので、招聘していただけないだろうか。金銭面での迷惑は一切かけない」と頼まれた。日本国の中国人へのビザ(査証)発給は最近、条件が少しずつ緩和されている。例えば、年収がいくら以上などといった金持ちには個人の観光旅行も認めるようになった。だが、ごく普通の中国人が個人で旅行しようと思えば、まだまだ壁は高くて厚い。日本の知人に招聘してもらうとか、方法は限られている。

だから「はい、はい、いいですよ」と、招聘を二つ返事で引き受けた。招聘なぞと大げさには言うものの、実際は形式的な「身元保証書」を1枚書くだけだと思っていた。つまり、中国人が日本滞在中、手元不如意に陥った時などに備えて、滞在費や帰国旅費は保証します云々といった奴だ。これもよく考えれば、客人に対して失礼ではあるのだが、それはそれとして、どっこい、手続きはそう簡単なものではなかった。

身元保証書のほかに、まず「招聘理由書」なるものがいる。しかも「招聘目的」「招聘経緯」に分けて「詳細」に書かねばならない。「招聘するよう頼まれたから招聘する」では、日本国官憲を馬鹿にしているみたい。さすがにまずいだろう。「本人が日本へ行きたいと言っている」も招聘の理由としては弱いかも知れない。「末永い日中友好のため」といった類の理由が必要なのだろうか。でも、それも大げさだ。ほんとに迷ってしまう。

日本での「滞在予定表」というのも必要だ。そこには毎日の「行動予定」「連絡先」「宿泊予定先」を書き込まなければならない。知人の中国人は「1か月ほど日本にいたい」と言っているが、その間の毎日の行動予定なんて、数か月前から決められるのだろうか? もし「予定」と「実際」の行動、連絡先、宿泊先が違ったら、日本国官憲に届け出る必要があるのだろうか? 処罰でも受けるのだろうか? まじめに考えていると、頭が混乱してくる。

必要書類はまだまだある。知人の中国人は日本にいる僕の息子とも親しい。そこで、招聘手続きは息子に頼んだのだが、その息子の住民票、在職証明書、それに納税や所得の状況を証明する資料も必要である。さらには、知人と息子が親しいということも証明しなければならない。それには、やり取りした手紙が要る、一緒に写った写真もほしいと言う。なんだか日本国官憲にいじめられているみたい。やれやれと思ったが、息子に一式を用意させ、知人の中国人に渡した。

ところが、知人がこれらを日本国総領事館のビザ申請代理機関(ここでは中国側の役所だった)に提出すると、納税・所得の証明書として出した「給与所得の源泉徴収票」にイチャモンがついた。息子の勤務先が発行したものだ。日本国総領事館の言う納税証明書、課税証明書ではないが、その状況を証明するものとしては、これで十分なはずだ。ところが、相手はこれでは駄目だと言う。

なんで源泉徴収票なら駄目なんだ、馬鹿も休み休みに言え。思わずそう怒鳴ったら、相手いわく「うるさいことを言っているのは私たち中国人ではなく、日本国の総領事館なのです。一応、このまま提出しますが、もし駄目だと言われたら、総領事館が要求する通りにするしかありません」。なるほど、中国側が言うことには道理がある。でも、日本国総領事館だって、この書類を拒否したりはしないだろう。そう高をくくっていた。

ところが、あにはからんや、数日後、知人に電話があり、「やはり日本国総領事館は受け付けてくれません。役所が出す納税証明書か課税証明書が必要です」とのこと。あわてて息子に電話し、要求通りのものを送ってもらった。あとで、日本国総領事館の出したビザ申請手続きについての案内を見ていたら「源泉徴収票は不可」と最後に書いてあった。思うに、源泉徴収票は企業の出すものであり、偽造もそう難しくはないらしい。日本国官憲としてはそんなものは信用できないということなのだろう。でも、なんでそこまで厳格にやる必要があるのだろうか?

翻って、日本における中国官憲へのビザ申請はいたって簡単である。半年ごとに1か月ほど帰国する僕は、その度に6か月(180日)のビザを日本でもらってくる。手続きは行きつけの小さな旅行代理店でビザ申請書1枚に姓名、住所、生年月日など、ごく当たり前のことを記入するだけ。住民票など証明書の類は一切いらない。事前の準備は顔写真を用意するだけだ。旅行の目的はいつも「観光」である。毎年、半年間ずつも中国を観光旅行するなんて、いったいどこをうろついているのだ、年金生活のくせに費用はどうしているのか、ふとしたらスパイじゃないのか、なんて詮索されることは全くない。もちろん、滞在予定表なんてものもいらない。中国の官憲はいたって鷹揚なのである。

いや、中国人へのビザ発給が厳しいのはそれなりの理由があるのですよ。彼らは何しろよく犯罪に手を染めますからね――と、訳知り顔に言う人がいるかも知れない。それも否定はできない。でも、僕はこの10年ほど、ほとんどを中国で暮らしているから断言するけど、中国に来ている日本人にも随分とおかしな人たちがいる。もっぱら「女漁り」という輩もいる。「彼は日本にいると、借金取りに追われて大変なんだ」と、周りが噂している輩もいる。でも、長期のビザがいとも簡単に与えられ、のほほんと暮らしている。中国人の肩を持つ義理はないのだが、どうも「不公平」が過ぎるようだ。

ビザは何とか下りた。でも、僕も中国人の知人もほぼ1か月にわたった作業や日本国官憲とのやり取りにくたびれ果てた。そして、難関を通してくれた日本国官憲への感謝の気持ちとともに、いささかの不快感を抱いたことであった。