少な過ぎる情報にイライラ

夏休みで日本に一時帰国した戻り、大阪から上海行きのフェリー「蘇州号」に乗った。1万4千トンほどの結構大きな船で、船会社は日中合弁だが、乗組員は中国人。中国交通部(交通省)が出した「一級文明客船」という金色の掲示が麗々しい。実質的には中国の船である。100人ほどの乗客もざっと見渡したところ7割方は中国人、残りが日本人と欧米人である。

金曜正午に大阪を発ち、瀬戸内海から九州西岸に出て、日曜朝10時に上海に着く予定だ。ただ、ちょうど台風が沖縄から中国の南方を襲っている。予定通りに走ってくれるかどうか心配だ。しかし、出発の前日、船会社に電話すると「予定通りです」、港で乗船する直前にも確かめたが、自信たっぷりに「予定通り」とのこと。台風が過ぎ去ったあとを航行するのだろうか。でも、そう都合よく台風が去ってくれるのだろうか、今度の台風は速度が遅いそうなのに・・・。半信半疑で乗り込んだが、心配した通り、実際は全く予定通りではなかった。

船は定刻通りに大阪港を出て、順調に瀬戸内海を走り出した。島々を眺めながら、機嫌よくロビーでビールを飲んでいたら、たまたま隣り合わせた中国人の女性が日本語で「この船は瀬戸内海の大分沖でしばらく止まります。上海着は早くて火曜、遅いと木曜になるそうですよ」と言う。エッ、到着が2日から4日も遅れるなんて、全く聞いていない。そんな船内放送もない。びっくりした。

上海出身の彼女は日本人と結婚して関西に住み、この5年ほど、毎年何回もこの船で上海と大阪を往復している。乗組員とも親しくなり、その一人から聞いた話だそうだ。大分沖での停泊は多分、出発前からの予定なのだろう。そうと知っていたら、僕はこの船に乗らなかった。でも、もう仕方がない。「かごの鳥」である。悪く思えば、客を逃がさないために、出発前には何も言わなかったのではないか。乗せてしまえば、あとはなんとかなる。

その夜、やることもないので、早く横になった。うとうとしていたら、10時か11時ごろだろうか、船の止まる気配がした。碇を下ろしたのだろう、ガラガラと大きな音もした。放送は何もない。ああ、彼女の言ったことは本当だったんだと思いながら、僕は寝入ってしまった。

翌朝、朝食のお知らせに続いて「台風の影響で、船は大分沖で止まっています。新しい情報が入ったら、お知らせします」という船内放送があった。まるで、朝食の付け足しといった感じだ。これからどうなりそうか、上海にはいつごろ着きそうか、客が一番知りたいことについては、なんのコメントもない。今回の件についての放送は終日、ほかには全くなかった。船は止まったままだ。その翌朝、やはり朝食のお知らせに続いて同じ船内放送があった。船は依然、止まったままである。

乗客の多くを占める中国人がこんな放送で満足しているわけではない。船内の案内所でしきりに尋ねている。もちろん、日本人もいる。でも、船側の答えはいつも「台風のせいなので、なんとも言えません」の一点張りだ。もっとも、案内所ではなく別の場所で乗組員をつかまえて聞けば、割合親切に答えているようだ。思うに、案内所あるいは船内放送であれこれ見通しを言えば、それが公式のものになってしまう。もし、その通りにいかなかったら、責任を追及されかねない。そういう場合、中国人は結構うるさいと聞いたことがある。そんな気持ちが情報提供の乏しさに繋がっているのかも知れない。

この日、つまり本来ならすでに上海に着いているはずの日曜の午後3時前、突然「まもなく出発します。火曜朝、上海に着きます」との船内放送があった。これだけの“大事件”なのに、わずか3回目の放送である。

船が動き出した。瀬戸内海の大分沖から、いつものように関門海峡に向かっているのだろう。ところが、そうではなかった。台風の荒波をできるだけ避けるためか、船は九州の東岸を南下している。普段は通らないコースだ。このこともさっきの女性が教えてくれた。乗組員から個人的に聞いた話だ。さらに、このコースを通ると距離が長くなるので、船は速度を上げていると言う。それは僕も感じていた。別に隠す必要もないことだから、船内放送で教えてくれてもよさそうなものだ。言ってくれれば、船の努力を多とするのに、そんな気配は全くない。

自分に都合のいい情報は流すが、都合の悪いものはできるだけ隠す――これは洋の東西を問わず共通のことだろう。それにしても、この船では情報が乏し過ぎる。中国で鉄道やバスに乗った時も同じだ。イライラさせられることが多い。でも、親しくなると個人的には詳しく教えてくれる。僕と挨拶を交わすようになった女性の乗組員も、たまたま顔を合わせたら「上海に着く日の朝食はいつもより早くなります」と、まだ放送もしていない秘密?を漏らしてくれた。こんなところにも「法治」よりも「人治」のお国柄が表れているのだろうか。