書店薄命

わが住まいの前は学生の多い通りで「学生街」と呼んでもいい。学生向けの様々な店が並んでいる。通りは「火炬路」と言い、道路の西端に広西大学の正門がある。この大学は学生数4万人ほど、当地の一流校である。火炬路にはその学生たちが繰り出してくる。火炬路は距離1キロほどで終わり、「農院路」に突き当たる。農院路の1キロほどにはやはり学生向けの店が並んでいる。近くには広西財経学院、広西建築職業技術学院、広西工業職業技術学院といった大学がいくつもある。その他の学校も多い。

つまり、T字型に交わる火炬路、農院路の計2キロほどは、わが南寧の若き「知性」たちがたむろする街なのである。

ところで、質問です。この2キロほどの街に、学術書でもいい、小説でもいい、あるいは漫画でもいい、新刊書を専門に扱う書店は大小何軒あるでしょうか。ちなみに古本屋は4軒あります。最近まで3軒だったのが、1軒増えました。で、新刊書の書店は?

(1) 0軒  (2) 5軒ほど  (3) 10軒ほど

正解は(1)です。1軒もありません。広西大学の中には小さな書店がありますが、扱っているのは教科書や試験問題集の類です。

もうひとつ質問です。美容院は何軒あるでしょうか。こちらでは普通「美容・美髪」と称していて、理髪を兼ねた店です。女の子も男の子も通います。

(1) 0軒  (2) 5軒ほど  (3) 10軒ほど

正解は(3)です。ただし、14軒あります。道路のどこにいても美容院が目に入ります。どこも盛況のようです。頭の中身よりも外見が大切――嫌みのひとつも言いたくなります。

ただ、僕が2年前に火炬路に住み始める前には、3階建ての「三聯書店」というのがあったそうだ。中国の書店では、国営で全国各地に多い「新華書店」が有名だが、三聯書店も歴史の長い民間の書店で各地にある。「エッ、どこにあったんですか?」と、教えてくれた人に聞くと、わがアパートの隣にある銀行を指さした。大手の中国建設銀行の支店である。なるほど、外観が丸い感じで、銀行には何かそぐわないと思っていたら、元は書店だったのだ。三聯書店がつぶれた後、3階建てのビルは上に増築され、今は21階建てになっている。

わが家からバスで3つ目の所に人目を引くビルがある。「広西書城」と称し、表に大きく「服務天下読者 伝播世界文明」と金色で銘打っている。書店の名前に「新新華」ともあるから、新華書店の系列なのだろう。本のあるフロアはふたつだけで、名前負け、コピー負けの感じもする書店だったが、これも去年の秋口に店を閉じてしまった。

書店が次々につぶれるのは、言ってみれば簡単な話、本が売れなくなってきたからだろう。さっきの広西書城も店内はいつもガランとしていた。わが塾に来ている某君は理科系の大学生。彼によると、20人ほどの彼のクラスで教科書を買うのは彼ひとりだけだ。他の連中は彼から教科書を借りて、コピーで済ませている。教科書をケチるぐらいだから、他の本を買うはずもない。で、わが学生街で書店といえば、下の写真のような古本屋ばかりである。古本屋もそれはそれで立派な存在なのだが、新刊書を扱う店があってこその存在だろう。店頭には用済みの教科書類や雑誌類が雑然と並べられている。

あと、スーパーの一角にある書店?は日本ではあまり見掛けない光景だ。写真はわが家の近くのスーパーで、2メートル四方の場所に新刊書が積み上げられている。日によって本の種類は変わるようで、この日は場所の半分には子供用の絵本、残り半分には『三国志演義』とか会計学の本とかがあった。どういう基準なのだろうか。売り場の広さも日によって倍になったり、あるいは売り場そのものがなくなったりする。随分といい加減に扱われている。

南寧市に本格的な書店がないわけではない。交通渋滞の街をバスで1時間ほど我慢すれば、4フロアを持つ別の新華書店がある。でも、そうそう出掛けるわけにはいかない。結局、この地では本屋をぶらつく楽しみがない。そうぼやいていたら朗報があった。わが家の隣にあった三聯書店が学生街から少し離れた所で同じ名前で生き残っているというのだ。

訪ねてみると、新しい店はビーフン屋と美容院の2階にあり、広さ150平方メートルほど。以前、三聯書店に勤めていたと言う40歳くらいの女性がひとりで切り盛りしていた。「かつてのお店はつぶれましたが、私は若い頃からずっと書店の店員をしてきました。これ以外の仕事はできないので、権利を譲ってもらいました」と言う。学術書が目につくし、日本語の教科書類も置いてくれている。閲覧室も設けてある。気概が伝わってくる。

ただ、経営は苦しいのだろう。店のネオンサインは大部分が切れたままだし、2階に上る木造の階段はギシギシと音を立てていた。