「席料」という新たな悪習

東京・新宿の東京都庁。南館と北館の45階にそれぞれ360度が見渡せる展望室がある。入場料が要らないこともあってか、外国人観光客の「定番スポット」になっているようだ。夜、北展望室にある喫茶店兼レストランのようなところに3人で入った。連れの女性2人はアイスコーヒー、僕はグラスワイン。欧米人らしいおじいさんが我々の近くでピアノを弾いている。いささかうるさくて、会話の邪魔になるが、我慢しよう。

じゃあ、そろそろ引き上げようかと、レジに向かった。メニューによると、アイスコーヒーは1杯580円だ。消費税を入れても2人1000円ちょっとで十分なはずだ。ところが、コーヒー2杯だけで料金はなんと3000円以上である。1人500円のピアノ演奏代とやはり1人500円の席料が付いているのだ。つまり、580円(外税)のコーヒーを飲むのに1000円(内税)が加算され、コーヒー1杯が1600円以上になる。もちろん、ワインにも1000円が加算されている。外国人観光客を意識してか、レシートの演奏代と席料だけはわざわざ英語で表示してある。

ちょっとやり過ぎじゃないの。酔いも手伝って、僕は切れた。「頼んでもいないのに勝手にピアノを弾いて、1人500円も取るなんて、おかしいじゃないか。そもそも演奏代なんてものは、コーヒー代やワイン代に含まれているはずだ」。

「あの方は他のホテルでも弾いている有名な音楽家です」と、マネジャーらしい男が言う。

「有名だろうと無名だろうと、僕の知ったことじゃない。それに、一番けしからんのは席料だ。コーヒ代並みの席料を取る喫茶店なんて、今まで聞いたことがないよ」

「席料のことも演奏代のことも入り口に表示してあります」

「そんなものをいちいち確かめてから入ってくる客なんていないよ。そもそも都庁がこんなあこぎな商売をするなんて、許されるものではないよ」

「当店と都庁とは、関係がございません」

ああ言えばこう言う、こう言えば・・・女性連れではあるし、いささか面倒くさくもなって、ここは一応僕が折れた。が、久しぶりに日本に戻ってくると、オヤッと思う変化に気づいたりする。些細なことではあるが、この「席料」もそのひとつだ。都庁内の店がいつごろから席料を取っているのかは知らないが、近ごろ、居酒屋などではこれまでの「お通し代」に加えて新たに席料を取るところが目立ってきたのではないだろうか。

少なくとも中国では(と言っても、僕が比較的よく知っているのはハルビン、桂林、南寧くらいだが)、レストランで個室に入っても、席料を取られた経験は一度もない。それだけに日本での席料が気になる。いや、思い出した、中国でも席料を請求されたことが1回だけあった。ハルビンの日本料理店でだった。お通しなんてものも中国では聞いたことがない。少し高級な店だと、お通しに似たものとして有料のティッシュが出てくることもあるが、断ればすぐ引っ込める。

埼玉の我が家からそう遠くないところに、帰国した折にときどき行く居酒屋がある。料理はまあまあだし、値段も手ごろなのだが、よくないのはお通しがあることだった。注文もしていないのに勝手に出てきて、300円とかを請求する。お通しが嫌なら外へ飲みに行くなという説もあるだろうが、僕は無理強いのお通し代は日本の「悪習」だと主張してきた。メニューに小さく「お酒類を注文されたお客様にはお通し代として・・・」なぞと書いてあったりもするが、こんなのは言い訳に過ぎない。

ただ、さっきの居酒屋にはカワイイところがあって「料理をたくさん注文するからね」とか言ってお通しを拒否すれば、引っ込めてくれる。それはそれでいいのだが、この店では最近、お通し代に加えて席料を取り始めたという噂を耳にした。僕のようにお通しを断る客がいるから、その代わりといったところだろうか? で、ある夕方、店の前を通りかかると、従業員の青年が呼び込みをやっていたので、尋ねてみた。その通りだった。僕が「居酒屋で席料だなんて嫌だねえ」と言うと、この青年にもカワイイところがあった。「あ、お客さん、今度いらっしゃった時には、私を呼んで下さい。○○と言います。席料はいただきません」。

後日、この居酒屋に行き、お通し代はもちろん席料も払わずに楽しんだことではあったが、なんでも東京・新宿の歌舞伎町あたりの居酒屋に入ると、お通し代、席料に加えてサービス料に週末料金をそれぞれ1人300円から400円ずつ取る店もあるそうだ。こんなのは論外だが、もしお通し代や席料を取らなければ経営が難しいのであれば、それは料理や酒の料金に反映させるのが筋ではないか。それをしないで、つまり、料理や酒は少し安く見せかけ、客をだますような格好で稼ぐなんて、いささかせこ過ぎる。わが日本の「おもてなし」の精神に反しているのではないだろうか。