中国人観光客の「人気スポット」

サッカーのワールドカップで日本が初戦を落とした少し後、東京の某ホテルのフロントに4人の中国人宿泊客が現れた。男女2人ずつ、みんな20歳代半ばに見える。そして「ワールドカップを見る場所を紹介してほしい」と言う。その意味を理解しかねたフロント係が「試合なら部屋のテレビで見られますよ」と答えると、そうではないとのこと。 よく聞いてみると、『スポーツバー』で ワールドカップを見たい、それも6月20日午前7時からの日本ーギリシャ戦を見たい、そのために私たちは北京からやって来ましたと言うのだ。

でも、なんでわざわざ日本のスポーツバーに? 中国にもそんな所はいっぱいあるだろうに・・・興味をそそられたフロント係がさらに聞いてみると、日本のスポーツバーは雰囲気が世界でも最高だと言われている、私たちはそれを味わいたいのだと言う。手にはそれぞれが青い日本代表のユニフォームを持っている。4人とも背番号4、本田圭佑選手のやつだ。

幸いフロント係の中にスポーツバーに詳しい青年がいた。ホテルに近いスポーツバーを紹介し、「すぐに予約しておいたほうがいいのでは」と言うと、4人はまさに欣喜雀躍といった感じで飛び出して行った。残念ながら、スポーツバーでの観戦の様子は聞けなかったが、日本が攻めに攻めながら0―0で終わったギリシャ戦。4人の中国人の若者はきっとため息のつき通しだったのではないか。

余談めくけど、中国の国営テレビCCTVの報道なんぞはもっぱら「反日」を旨としているみたいだが、ことサッカーに関しては、僕の知る限りでは、日本をそう悪く言ったりはしない。逆に、日本はアジアの代表だといった感じで応援してくれている。中国のプロサッカーチームに最近まで2年間いた岡田武史前日本代表監督も新聞のコラムで、中国では日本のサッカーはリスペクト(尊敬)の対象だ、と語っていた。それだけに、今回の1次リーグ敗退は中国のサッカーファンに対して申し訳ない、といった気持ちに僕はなってしまった。

閑話休題。以上の話は東京のホテルのフロントで3カ月前から働き始めた中国人女性に聞いた。彼女には少し前のわがブログにも登場してもらったが、このホテルは値段が手ごろなことや立地のよさがあいまってか、中国人客が多く、宿泊客の軽く半分以上を占めている。それも、大陸だけではなく台湾、香港、シンガポール、マレーシア、タイなどからで、そういう人たちがフロントに「どこそこに行きたいが、行き方は?」としょっちゅう尋ねに来る。

そんな中でちょくちょくあるのが『靖国神社』だ。まさか参拝はしないだろうけど、日本と中国の間でしょっちゅう政治問題になるこの神社――いったいどんな所なのか、一度は見ておきたいという気持ちになるみたい。怖いもの見たさもあるかもと彼女は言う。そう言えば、中国にいる時、知り合いの大学教授が日本にいる娘さんに招かれて東京見物をしてきたと言うので、撮ってきたビデオを見ながら土産話を聞いたことがある。ビデオには靖国神社が写っていて、彼は「せっかく行ったのに、神社の建物が外からしか見られなかった。建物の中をぜひ見たかったのに」と残念がっていた。

靖国神社よりも頻繁に尋ねられるのが、落語や漫才の『演芸場』の所在だ。聞くのはいかにも教養がありそうな中高年の男性だそうで、日本が近代化した中で昔ながらの演芸場がどんな形で残っているのか、行ってみたいと言う。東京には結構詳しいさっきの彼女だが、演芸場はまだ行ったことがなかった。あわてて新宿や上野の演芸場を回ってみたそうだ。靖国神社も演芸場もまとめて言えば日本の古くからの文化への関心だろうか。

次なる人気スポットは『黒社会』、日本語で言えば「やくざ街」、具体的に言うと「新宿・歌舞伎町」である。日本にとってはいささか面白くない話ではあるが、彼女によると、中国人の一般的なイメ―ジとしては、日本と言えば東京、東京と言えば新宿、新宿と言えば黒社会――といったものがあるそうだ。その歌舞伎町に行きたがるのは主に若い男たちで、「夜遅くまでうろつくのはお勧めできません」と注意して送り出しているとか。確かに、昼間だけど歌舞伎町を歩いてみると、ごちゃごちゃした所を中国人観光客が5人、10人で歩いているのに出くわす。「日本の黒社会を見てきたぞ」と、自慢話になるのかも知れない。

以上、スポーツバー、靖国神社、演芸場、歌舞伎町を中国人観光客の「人気スポット」としたけれど、もちろんこれはやや大げさにした話。東京で中国人がもっともよく行きたがるのはもちろん、お台場に築地市場のマグロの競り、ディズニーランド、それに秋葉原アメ横、浅草・・・それらが定番である。でも、日本人はこのところ、「嫌中」のせいか、大陸の中国にはあまり観光旅行に出かけなくなった。新聞の広告でも旅行会社の店頭でも台湾、香港あたりを除くと中国旅行の案内はとんと見かけない。これに対して、台湾などを含めた中国人はどんどん日本観光にやって来て、しかもその興味の対象も多様化しているみたい。所詮は観光旅行だけど、こんな「一方通行」ばかりでいいのかなあ、と思うのである。