「高温休暇」「高温手当」「低温手当」

とにかく暑い8月だった。中国・重慶にいる教え子の女性に「日本はこのところ連日35度以上で死にそうです」と、ぼやきの暑中見舞いをメールで送ったら、「こちらは昼間、40度を超えます」との返事が来た。そうだった。重慶は南京、武漢とともに、中国の「3大ストーブ」あるいは「3大ボイラー」「3大かまど」なぞと呼ばれ、夏の高温多湿が有名なところである。

もっとも、その重慶の高温にもいいことがあるようだ。彼女のメールには「7月31日から8月7日までは勤め先の高温休暇で上海に遊びに行き、憧れのディズニーランドにも寄ってきました」と書き添えてあった。えっ、高温休暇? そんなものがあったの? もう一度メールしてみると、高温休暇そのものはそう一般的ではないみたい。彼女の勤め先が自動車関連の日系企業で、福利厚生が整っているからのようだった。

ただ、中国では高温時、とりわけ室外で働く人たち(露天作業者)に対しては、高温手当など何かと保護規定ができている。近年、露天作業者が熱中症にかかり死亡する事件が目立ったからだそうで、室内で働く場合でも高温だと手当が出る。彼女がいろいろ調べて教えてくれた。企業から個人経営の商店、そして学校、病院などで働くすべての労働者に適用されるとのことだ。

彼女が送ってくれた中国語の規定を見ると、まず「高温」とは各省の気象庁が発表する気温が「35度以上」を指すとのこと。うち最高気温35度以上37度以下が「一般高温天気」、37度以上40度以下が「中度高温天気」、40度以上が「高度高温天気」と分けられている。そんなに細かく分ける必要があるの?とも思うが、中国の官僚が鳩首協議して決めたのだろう。

ただし、例えば37度は一般高温天気に入るのか、あるいはその上の中度高温天気に入るのか? 規定では、一般高温は「37度以下」、中度高温は「37度以上」とあるだけで、一般と中度の境目がはっきりしない。いい加減ではなかろうか。

その点を中国人の中国語の先生に問いただすと、中国語で「37度以下」「20歳以下」と言うと、一般に「37度未満」「20歳未満」を指すそうだ。じゃあ、中国語にも「未満」という言葉があるけど、これはいつ使うの? そう突っ込むと、コップに酒がまだいっぱいになっていないなど、目に見えるものについては「未満」を、温度や年齢など目に見えないものについては、未満であっても「以下」を使うとのこと。へえ、微妙なんだなあ。こんなところでも、日本と中国は違う。理解し合うのは簡単なことではない。僕が使っている辞典にだって、そんなこと、全く書いていない。

閑話休題。高温のもとで労働者をどう守るか、その対策は「一般高温」「中度高温」「高度高温」ごとに内容が違ってくる。地方によっても違うのだが、重慶の場合、「一般高温」では露天作業を交替でやり、残業は禁止されている。「中度高温」ではさらに厳しくなる。交替で作業するのはもちろんのこと、1日当たりの露天作業の時間は累計6時間以下で、かつ暑い盛りの正午から午後4時までは作業停止だ。「高度高温」では当日の露天作業そのものを停止することになっている。

ただし、「抜け穴」と言ってはなんだけど、中度、高度の高温の際でも、雇用側が労働者を守る「対策」を練って実行すれば、露天作業がやれる。でも、どんな対策を講じたら、OKなのだろうか。頭の上から霧でも吹きかけるのだろうか。

労働者を守る規定はまだ続く。高温で作業させる前に、雇用側は労働者の健康診断をし、費用は雇用側が負担する。妊婦及び未成年者を室外35度以上、室内でも33度以上のところで働かせるのは原則禁止になっている。高温で作業が停止あるいは短縮となった場合でも、雇用側はそれを理由に労働者に給料を渡さなかったり、引き下げたりはできない。どこまで守られているかは別として、規定上は至れり尽くせりである。

最後に、炎天下で働いた時に出る「高温手当」だが、重慶の場合、35度以上37度未満(「以下」をやめて、これからは「未満」と書きます)での露天作業だと1人1日5元以上(1元≒15円)が給料に加算される。37度以上40度未満だと、これが10元以上、40度以上だと15元以上になる。仮に「10元」だと日本円で「150円」だ。今年の初め、重慶に行ったけど、「150円」で何が食べられたかなあ? それはそれとして、高温手当の決め方や金額は地方によって違う。それぞれの経済力を反映してのことのようだ。手当を支給する期間も南方の海南省では4〜10月の7カ月間と長いが、北方の北京では6〜8月の3カ月間と短い。

ところで、高温手当があるのなら、当然「低温手当」もあるんじゃないの? 僕はかつて中国最北端の黒竜江省ハルビンで5年を過ごした。冬の気温は氷点下15度、20度になる。だが、調べてみたら、低温手当を出すかどうかは企業が自分で決めることであって、高温手当と違って中央政府には統一政策がないとのこと。役所の見解では、氷点下の露天作業でも暖かい服や靴でなんとかしのげるのではないか、高温下とは違うという。なるほど、中国でも官僚は理屈が達者である。

でも、低温手当が欲しいという要求は各地で起きているようだ。僕はハルビン時代の真冬、手袋を3重にして1時間ほどジョギングすることがあった。戻ってくると、手が完全にかじかんでいる。10分間やそこらは部屋の錠前が開けられなかった。道路の掃除など、厳冬の室外作業は大変である。元ハルビン住民としては、低温手当を要求している人たちに声援を送りたいところである。