コロナ禍での蟄居生活の「収支」

ご多分に漏れず、コロナ禍のもとで蟄居生活をしてきた。うんざりはしているが、ただ一つというか、ありがたいのは、財布の中のお札の減り方が遅々としていることである。コロナ禍で職を失ったりして、その日の生活にも困る人たちが多いなかで、まことに申し訳ないのだが、月末になっても、財布の中に1万円札が何枚か鎮座していたりする。じゃあ、貯金でもしておくか。すこし大げさに言えば、我が人生で初めての経験である。月末や給料日前の財布に余裕があったことはついぞない。コロナ禍がきっかけで、おカネにかつかつしていた昔の日々を思い出してしまった。

まったくの余談になるけど、実家を出て間借り生活をしていた大学時代は、月末がとりわけ悲惨だった。例えば深夜、空腹に耐えかねて屋台のラーメンを食べに出る。1杯食べても、まだ空腹が収まらない。もう1杯食べたいが、そんなカネはない。よし、将来はラーメンが好きなだけ食べられる身分になってやるぞ。真剣にそう思った。当時、屋台のラーメンは1杯24円だった。

大学を出て新聞社に就職し、九州の某支局に赴任した。結構いい給料をもらっていたので、ラーメンは好きなだけ食べられるようになった。だが、学生時代とは打って変わって、夜な夜な飲み歩くのが習慣になり、財布はすぐにカラになる。支局長によくカネを貸してもらった。貯金なんてことは全く考えず、基本的にはそんな生活が60歳の定年まで続いた。定年後は中国に渡って、大学の日本語科の教師をしたりしたが、すべて年金に頼ったボランティアだったから、かつかつした生活は同じだった。

それが今、コロナ禍で多くの人が困っているというのに、僕の財布には余裕が出てきた。政府が公表した3月の家計調査で、前年同月に比べて支出が大きく減ったものは、外食での飲酒代、食事代、それに宿泊費、鉄道運賃などである。僕の財布の余裕もまさにそのせいである。ひそかに、馴染みのビアホールに行って散財してみようと思っても、店自体が閉まっている。
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外食代が減った代わり、このところ、僕の財布からもっともお札が出ていくのは家飲み用のビール、ウイスキー、日本酒といった酒代である。だけど、僕はオンライン飲み会などといった派手なことはやらないし、第一、やり方も知らない。したがって、他人様の目を気にすることもない。一人だけの家飲みだから、無理して高い酒を飲むこともない。しかも、ウイスキーなら1.8リットルとか2.7リットルのお徳用を買ってくる。時には、風評被害に遭っていそうなメキシコの「コロナビール」(写真上)も買ってくるのだが、少々飲んでも、大した金額にはなりようがない。

ほかにも支出が増えたものがないことはない。政府の調査でも1割余り増えていたが、書籍代である。蟄居しているとあまりにも暇だから、「そうだ、中国語を勉強しなおそう」という気持ちになった。僕の中国語の程度と言えば、ひどいものだけど、数年前には3級の試験を受け、結構いい成績で合格した。勢いに乗って、すぐに2級に挑戦したのだが、みごとに惨敗し、以後やる気をなくしていた。いま受験したら、一番下の5級でも落ちるかもしれない。

やりなおすには、NHKラジオの中国語講座を聞くのが、手っ取り早いのではないか。そう考え、「まいにち中国語」「おもてなしの中国語」というテキストを買ってきた。それらを聞き始めると、番組の近辺で英語の講座も聞こえてくる。そうだ、英語はもう何十年も喋ったことがないなあ。中国語のかたわら英語も復習してみよう。で、「ラジオ英会話」だの、いくつかのテキストも買ってきた。そんなわけで、僕も書籍代がいくらか増えている。図書館も休んでいるので、仕方なく書店で買ってくる本もある。

金銭的な損得とは関係がないが、コロナ禍をきっかけに日記をつけ始めた。感染者には「感染経路不明」が結構多い。もし僕が感染した時、経路の見当がつかなければ、周りに迷惑や心配をかけてしまう。少しでもそうはならないように、日ごろの行動を書いておこうと思ったからだ。

日記と言えば、子供のころはいつも三日坊主だった。が、新聞社を定年後、中国に住むようになってから、ふと思いついてつけだしたら、意外に延々と続いた。それがこの数年、ほとんど日本にいるようになってから、書かなくなった。中国にいれば、何かと面白い話、興味を引く話も多いが、日本ではそうでもないからだ。それがコロナ禍をきっかけに復活した次第で、自分が読んでも面白くもない話をだらだらと書いている。

かように、僕にとっては、まことに不謹慎ながら、感染さえしなければ、コロナ禍にもいいところがある。ただ、10万円の給付金をもらうのは、何やら悪い気がする。そうかと言って、政府がなんの「見返り」も求めないわけがない。東日本大震災の後も、本来の「基準所得税額」の2.1パーセントが「復興特別所得税額」として追加徴収されている。そのうちに、きっと「新型コロナウイルス撲滅記念特別所得税額」(名称自体は冗談です)とか称して増税があるはずだ。2パーセントやそこらではなく、もっと高率で、しかも10年、20年と続くだろう。その時に備えて一応は10万円を受け取って、貯金しておこうかと考えている。