民主主義のために、選挙の供託金をなくそうよ

先般の統一地方選の後半戦では各地で女性が躍進し、朝日新聞には「統一選 女性の風」という大きな見出しが躍っていた。同紙によると、市長選では過去最多の7人が当選し、市議選では当選者の女性比率が初めて2割を超えた。まあ、結構なことではあるが、2021年10月の衆議院議員総選挙で当選した女性議員の割合は1割を切っていた。国際的に見ても非常に低く、統一地方選の「女性躍進」だけで素直に喜ぶわけにはいかない。

日本で女性議員の割合が低い一番の理由は何だろうか。京都選出で参議院議員を2期務めた知人の笹野貞子さんに尋ねたことがある。すると、たちどころに彼女は「何よりも選挙の供託金が高すぎるからよ」と答えた。衆院参院も供託金は(比例区は少しややこしいのでここでは除いて)小選挙区や選挙区から出る場合は300万円。「女性にとって大変な金額よ。しかも、落選して一定の票数を下回ると、供託した金を没収されてしまう。とても選挙になんか、出られないじゃないの」

なるほど、そうなのか。女性議員が少ない「元凶」は選挙の供託金だったんだ。政党の公認を受ければ、党が面倒を見てくれるだろうけど、ひとりで挑戦しようとすれば大変だ。深くうなづいたつもりだったが、いい加減な僕のことだ、いつの間にか忘れてしまっていた。ところが、それを突然に思い出させてくれたのが木村隆二容疑者である。先般の衆院補選で和歌山市内を訪れた岸田文雄首相の近くに爆発物を投げ込んだ男だ。彼は、被選挙権は何歳以上とする年齢制限と、立候補の際に国や地方自治体に供託金を預ける制度を不当だとして、国に損害賠償を求めて裁判を起こしていたのだ。

年齢制限はここではさておき、供託金の額を調べてみると、都道府県知事選が衆参両院と同じで300万円、政令指定都市の市長選が240万円、その他の市区長選が100万円、都道県議会議員選が60万円、町村長選と政令指定都市の市議会議員選が50万円、その他の市区議会議員選が30万円となっている。最後に、一番お安い町村議会議員選が15万円だが、もとは供託金不要だったのに、2020年から取り始めた。供託金制度の目的は売名が狙いで立候補したり、泡まつ候補が乱立したりするのを防ぐ、そして制度ができた1925年当時には、社会主義政党の国政進出を防ぐためだったと言われている。

しかし、それらの理由はいささかおかしいのではないか。たとえば、京都新聞で読んだ話だが、今度の統一地方選京都市議選に無所属で立候補した表雅敏さんという69歳の新人がいる。脱サラで開いた食堂を4年前にたたみ、今は妻と2人の年金暮らし。供託金は50万円。表さんは「若い世代に選挙に関心を持ってもらう会」という市民団体の代表をしている。若い世代の投票率が低いことを憂え、若い世代の投票率を上げることがこれからの日本や京都にとって重要と信じているからだ。

市議選でも、選挙区の左京区を自転車で回り、「選挙に行こう」と訴えた。結果は得票数292で最下位落選、順位が一つ上の同じ落選者にさえ約2千票の差をつけられて、まさに惨敗だった。供託金50万円はあえなく没収された。だけど、表さんのような人を没収が当然な売名目的の泡まつ候補とは呼びたくない。損した50万円をカンパして差し上げたいくらいだ。こんな人が気軽に出られるようにするのが、本来の選挙ではないのか。

ところで、世界的に見た場合、供託金制度はどこにでもありそうだが、実はそうではない。朝日新聞の記事やネットのフリー百科事典「ウィキペディア」によると、先進国とされる経済協力開発機構OECD)加盟38カ国で制度があるのは日本を含む13カ国だけだ。その中で日本は圧倒的に金額が高く、英国の下院議員は8万円余り。米国、ドイツ、イタリアなどにはもともと制度がなく、フランスやカナダでは立候補の権利を不当に抑制しているというので、制度が廃止されている。そのフランスでは約4千円の供託金さえ問題になったとのことだ。供託金の代わりに住民の署名を一定数集めるという制度の国も少なくない。売名や泡まつ候補を防ぎたいなら、これで十分じゃないだろうか。

どうも日本は選挙の供託金に関しては、世界の「異端児」である。どうしてなんでしょうかね? また笹野貞子さんに尋ねてみると、「ほら、戦前は国税を一定以上納めている男子にしか選挙権がなかったわね。つまり、選挙や政治は男の金持ちがやるんだ、という伝統が今も続いているのではないのかしら」。貧乏人は出てくるな、ということか。これじゃ、日本は「民主主義」の国だなんて、とても威張れない。供託金制度のない国では不都合が起きて困っているなんて、聞いたこともない。ちなみに、わが最高裁判所の判決では世界一高い供託金も「合憲」ということになっている。だけど、日本もいっそのこと、こんな制度をなくして「普通の国」になるべきではないだろうか。