AIとどう付き合うか

孫正義さん(ソフトバンクグループ会長兼社長)がAI(人工知能)のことで何やら吠えてますよ」と、中国人の知人が中国の経済ニュースの映像を送ってくれた。孫さんの日本での講演がテレビ朝日で報じられ、それが中国でも流れたみたいだ。さっそく見てみた。映像の冒頭には「AGIを知らない? うーん…まずやばいということを知ってください」と、相手を小馬鹿にしたような孫さんの発言が出てくる。聴衆の誰かが「AGIって、何ですか」とでも言ったのだろうか。

もっとも、恥ずかしながら、僕もよくは知らない。ネットのフリー百科事典ウィキペディアなどで調べてみると、「AGI」はArtificial General Intelligence の略で、日本語では「汎用人工知能」。人間が実用可能なあらゆる知的作業を理解、学習、実行できる人工知能であると書いてある。人間と同様の感性や思考回路を持つ人工知能だとの説明もある。いま盛んに取り沙汰される「ChatGPT」などの「生成AI」の先にあるもののようだ。ChatGPTとは、これもネットで探ると、「自然な文章を生成するAI」「まるで人間のように、自然な文章で対話できるAIチャットサービス」という説明が出てくる。

そして、孫さんによると「生成AIはすでに医師免許試験に合格するレベルにあり、10年以内には人間の英知を抜いてしまう」。それはAIが人類の約10倍賢くなることだとして、孫さんは人間とサルの知能の差に匹敵すると例えた。AIを人間とすれば、僕らはサルということになる。まさに、えらいこっちゃ、である。

それはそれとして、孫さんによると、我々は「サル」で安心しているわけにはいかない。彼は続いて「(日本人よ)金魚になりたいのか、なりたくないのか。日本よ、目覚めよ。なんで禁止するんだ、なんで使ってないんだ」と絶叫する。つまり、20年以内には人間より1万倍優れたAIが生まれるので、積極的に活用しないと、人間は脳細胞の数が1万分の1しかない金魚にまで落ちぶれるというのだ。サルのはるか下である。「なんで使ってないんだ」は最近、ある調査で「日本企業の72パーセントが安全性などの理由から生成AIの職場での利用を禁止している」との結果が出たことへの批判だろう。

ところで昔、新聞社で経済記者だった僕は1時間ほど孫さんにインタビューしたことがある。もう35年ほども前のことで、当時僕は40歳代後半、孫さんは30歳を超えたばかりだったが、早くも世間で頭角を現しつつあった。その彼と初対面の名刺を交換した後、僕がまず話した言葉を今でも覚えている。「僕はコンピューターを見たことはありますが、触ったことはありません。一体どんなものなのですか?」

すると、孫さんは「じゃあ、こちらにいらっしゃってください」と、デスクトップのパソコンが並んだ一角に僕を連れて行った。当時、ノートパソコンはまだ生まれていなかった。そして、彼は「パソコンではこんなことができます。こんなことも……」と、いろいろ操作して見せてくれた。「熊本では主婦たちが集まって、パソコンの勉強をしています。決して難しくはないですよ」とも言った。「無知」を自慢しているような僕を小馬鹿にすることはなかった。穏やかな青年だった。でも今、彼から「10年後には日本人はサルになり、20年後には金魚になる」と脅されている。心穏やかにはしておれない。

日本記者クラブでは最近、識者を招いて「生成AI」の勉強会を開いている。僕も一応、ここの会員なので先日、酒井邦嘉東京大学大学院教授の話を聞いてみた。「言語脳科学」が専門の人である。その酒井さんは冒頭、「生成AI」という言葉に異を唱えた。生成ではなく、これまで人間が与えたものを合成しているだけだから、「合成AI」に過ぎない。また、「対話型」のAIだとも言われているが、AIは相手の人間の心を推し量れないのだから、「対話風」に過ぎない。そもそも、AIは「創造」はできない。自分で考える前にAIに頼ってしまうと、思考力、創造力が低下してしまう――そう指摘した。

そして、考える力を育てるには、「紙」の本や新聞を読み、手で字を書くことが重要だと主張した。さっきの孫さんも「AIは見方によっては、核爆弾よりも危険だ」と言っていたが、酒井さんの言葉には思わず拍手してしまった。

僕は新聞や本をそれなりに読んでいるし、昔よりは減ったが、手で書くことも少なくはない。現に、このブログもまずペンで書き、あとで推敲しながら、パソコンに打ち込んでいる。この生活を続けていけば、将来、サルや金魚にならないで済むかもしれない。