「水槽」の中の生活

このところ、桂林は雨の日が多くなった。どうやら、雨期に入ったらしい。朝から晩までザーザーというわけではないし、晴れる日もあるが、おおむね降ったり、やんだり、だらだらと降っている。そして、観光案内や旅行記の類を繰っていると、「雨で霞む桂林の奇峰はまるで水墨画のように美しい」「雨にくもった山々は文字通りの絶品である」に始まって「桂林に行くなら雨期に限る」「桂林の奇峰は雨にこそ似合う」なぞと、雨の桂林を絶賛する文章が目に付く。

確かに「雨で霞む奇峰」は美しい。「絶品」かもしれない。僕も雨上がりに見る山々が大好きだ。何度見ても、飽きることがない。外国人ではあっても桂林に住む人間としては、褒められるとうれしい。でも、桂林の雨期の過ごしにくさも、また「絶品」である。湿気がまあ、めちゃくちゃにすごいのである。

僕は団地の7階建てアパートにくっついた一戸建てふうの家に住んでいる。雨期に入ると、その床がホースか何かで水を撒いたようになる日がよくある。スリッパで歩いていたら、足の裏で音がしたりする。昔の童謡『アメフリ』ではないけど、部屋の中が「ピッチピッチ チャプチャプ」である。いや、決して大げさではない。

壁も、タイル張りのところは水をぶっかけたようだし、漆喰のところはカビでどす黒くなってくる。洗濯物は何日たっても乾かない。部屋の中にある紙類はビチャ―ッ、そしてグッタリとしている。服や下着の類も湿っぽい。水槽の中で暮らしている金魚のような気持ちにもなってくる。僕の家が1階だから特にひどいのかと言うと、そうでもないみたいだ。アパートの階段もビチャビチャに濡れている。わが部屋に除湿機でも付ければ、少しはましになるのだろうが、湿度が高いくらいで死ぬわけでもないだろう。自然のままで頑張っている。

少し前まで教えていた広西師範大学日本語科の女子学生たちも「桂林はきれいで素敵な街なんだけど、これだけはねぇ」と、雨期を嫌っていた。雨期には授業以外、宿舎から出ないと宣言している女の子がいた。食堂にも行きたくない。でも、お腹は減る。宿舎で朝昼晩、即席ラーメンばかりを食べている。おかげでぶくぶく太ってくる。「外で大雨が降れば、宿舎の中では小雨が降ります」と、うまい表現をする子もいた。

雨が降っていようといまいとこの時期、外出には当然、傘が欠かせない。先日の雨の日、街中を歩きながら通り過ぎる路線バスをぼんやりと眺めていたら、運転席のそばにビニール傘を5本ほどぶら下げた奴が走っている。えっ、バスの中で傘を売っているの? それとも貸してくれるの? 「14番」の路線バスだった。で、この線に乗ってわが塾に通ってくる女の子に尋ねてみると、ごくたまにだけど「傘つきバス」が走っていて、保証料10元(1元≒14円)で貸してくれるとのこと。後日、傘を返せば、10元も戻ってくるのだそうだ。雨期の桂林ならではのサービスである。

ところで、雨期に「水槽生活」になるのは、降雨とももちろん関係があるが、「南の風」によるところも大きいらしい。この南の風は、桂林からバスで南下すること約8時間、ベトナムにも面した「北部湾」(トンキン湾)からやってくる。こいつが湿気をたっぷりと含んでいるそうで、南の風の強さが2級、3級となると、家の中が「ピッチピッチ チャプチャプ」になる。ちなみに、中国では風の強さは1級から13級まであり、8級あたりは台風だと言う。

わが家の隣に住むご老体によると、水槽生活になる日は年に20日ほどある。そんな日は窓を閉め切ってじっとしているに限るとか。こちらの人たちはこの北部湾からの南風にいつも注意を怠らない。塾の生徒たちに「明日の天気は?」と聞くと、「南の風3級です。先生、窓を開けないでください」なぞといった答えがすぐに戻ってくる。

余談だけど、中国の南にある海がなぜ「北部湾」なのか、ちょっと変に感じるが、これはベトナムから見たら北方にあるから、ということらしい。どこかの国なら「わが国の南にあるのだから、『南部湾』であるべきだ」と主張し、自国の地図には「南部湾」と書き込むかも知れない。でも、そこは大国中国の鷹揚さなのだろうか、中国の地図でも「北部湾」になっている。おまけに、この海に面した中国の港町は「北海市」である。

湿り気たっぷりの南の風とは反対に、乾燥しているのが「北の風」である。南の風に代わって、こいつの2級、3級が吹いてくると、部屋の中の「ピッチピッチ チャプチャプ」はぬぐったように消え去り、洗濯物もカラリと乾く。桂林の人たちは当然、北風にも注意を払っている。北から風が吹いてきたら、窓という窓を開け放って部屋を乾かす。水槽生活が数日続いた後で北風が訪れてくれた時の嬉しさは、また格別である。