日中「B級グルメ」比べ

半年に1回、中国から日本に戻った際にまずやることは決まっている。どこでもいい、とにかくラーメン屋に飛び込み、「味噌ラーメン!!」と叫ぶ。味噌ラーメンが一番いいけど、まあ、ラーメンであれば何でもいい。これで気持ちが落ち着く。なぜか「ああ、幸せだなあ」と、しみじみ思う。B級グルメの代表格とも言えるラーメン——これは何と言おうと「日本」である。

中国で1年の大半を暮らすようになって、もう8年を超えた。が、残念ながらこの地では「ああ、うまい、幸せだなあ」と言えるラーメンにはまだ会ったことがない。「お前さんはまともな店に行ったことがないからだろう」と言われるかも知れない。でも、日本でだと、どんな店だろうと一応はまずまずの味だ。ところが、中国ではそうではない。「また来よう」と思った店なんて、僕にはゼロである。日本との行き帰りには上海に寄るが、空港やその近くの店のラーメンはもちろんまずい。しかも、値段だけは日本なみ。腹が立って仕方がない。

だから、最近はラーメンが食いたくなったら、自分で作ることにしている。スーパーで買ってくる「めん」そのものは、決して悪くはない。塾の生徒に食べさせると、「先生のラーメンって、本当においしいです」。まんざらお世辞だけではないだろう。と言っても、特別のダシを使っているわけではない。日本から買ってきた、カツオのなんとか・・・といった調味料を入れているだけだ。それなのに、外で食べるラーメンよりもずっとうまい。中国ではラーメンの味付けに手を抜いているのではないか。

こんな思いをしているのは僕だけなのか? 以前、ハルビン理工大学日本語科にいた時の中国人の同僚に、日本に対してシビアな中年の女の先生がいた。彼女は日本留学の経験も長く、おっしゃることはごもっともなので、僕は彼女がいささか苦手だった。が、日本のラーメンに話を向けると、「あ〜、日本のラーメン、おいしかったですねえ〜。味噌ラーメン、食べたいわぁ〜」。彼女の頬は途端に緩み、日本に対して「全面降伏」「無条件降伏」の表情になった。日本のラーメンを慕うのは決して日本人の僕だけではないのである。

で、ラーメンから話題を変え、わが桂林のB級グルメの代表と言えば、「桂林米粉」つまり「ビーフン」である。読んで字のごとく、米が原料で、うどんを細くしたような形状をしている。牛肉か豚肉(馬肉もあるらしい)のスープをぶっかけて食べる。桂林人はとにかくこれが大好きで、街中いたる所、ビーフン屋だらけ、ものの30分もぶらぶら散歩すれば、10軒やそこらのビーフン屋にぶち当たる。粗末なテーブルと椅子を備えただけのシンプルな店構えだが、朝昼晩、そして深夜、どこもが結構、はやっている。容器は申し合わせたようにアルミ製。椅子に座らないで立ったまま、あるいは、しゃがみこんで食っていたりする。

上の写真は、僕がこれから食べようとしている、そんなビーフンのひとつである。めんは1両(50グラム)、2両、3両と、好みの量を注文できる。写真の奴は3両で、値段は3.5元(1元≒13円)。この店は桂林の中心部にあるせいか、値段はやや高めである。ちなみに、ビーフンの横にあるビールの大瓶も3.5元、合わせて7元。日本円で言えば100円足らずである。

で、その味だが、大げさに言えば中国人の間でも「毀誉褒貶」がある。概して、北のほうからきた中国人が「毀・貶」、地元の人たちは言うまでもなく「誉・褒」である。例えば、山東省出身の僕の主治医なぞは「ビーフンには栄養なんて全くありません。あんなものを食ってるから、こっちの人間は駄目なんです」と、まさに一刀両断。また、わが塾の生徒である、他省出身の40歳の女性も「ビーフン? あんなもの食べません」と、にべもない。「桂林の街はビーフン臭い」と嫌がる他省の人さえいるそうだ。実は僕も、申し訳ないけど、こいつを食いたいとはあまり思わない。

一方「誉・褒」のほうを挙げると、先ほどの女性の娘さん。高校生で「こちらで生まれ育ったせいでしょうか、毎日1回はビーフンを食べているようです。1日に3回、ビーフンでもいいみたい」。僕がハルビン理工大学にいた時に教えた学生に桂林出身の女性がいた。今は同じハルビンの大学で日本語を教えている。先日、帰郷した彼女に会ったら「桂林に戻ったら、まずビーフンを食べます」と言っていた。

桂林米粉はご勘弁だが、この街のB級グルメで僕のお気に入りは、上の写真の「豚骨スープ」と「蒸し餃子」である。豚骨スープがメーンの料理で、陶器の器に入ったスープの具は各種あるが、僕がいつも食べるのはレンコンの入った奴。蒸し餃子は10個入りで、スープも餃子も3.5元。行きつけの「スープ屋」はわが塾から歩いて30分近く掛かるが、週に2度、3度と通う日も多い。

この店はアルコール類を置いていないので、向かいのスーパーでビールを買って持ち込む。そいつをラッパ飲みしながら、こいつらを食べていると、「幸せだなあ」という気持ちが込み上げてくる。日本に戻ってラーメンを食べる時と似た気持ちだけど、ここではスープ、餃子にビールまで合わせて日本円で100円ちょっと。日本でなら、この何倍かかることか。そう考えると、幸せ度はさらに増してくる。中国のラーメンへの「怒り」も消えてしまうというものだ。