押し売りの「技術」と「度胸」

南寧に住む若い女性がある日、鶏肉製品の有名チェーン店に鶏の手羽を買いに行った。手羽は日本人はそうは食べないようだし、僕は手羽を見ると、何よりも赤ちゃんの手を思い出してしまう。人間の手を食べるようで僕の苦手な食べ物だが、中国人には好きな人が多いようだ。男たちはよく酒の肴にしている。

その手羽を彼女は3つ注文した。店員はそれらを手羽元、手羽中、手羽先に切り分けて袋に入れた。手羽元、手羽中、手羽先がそれぞれ3つずつ袋に入っているはずだ。ところが、家に戻る途中、何気なく袋の中を見てみると、どうも少し数が多いみたい。数えてみると、手羽元と手羽先は注文どおり3つだが、手羽中は注文より1つ多くて4つ入っている。

店員のうっかりミスだろうか。いや、絶対にそんなはずはない。彼女はそう確信した。以前、友人の家にこの店の手羽を手土産に提げて行った折も、注文よりも多い量が入っていた。彼女の姉も同じ目に遭ったことがある。客の目を盗んで注文より多い量を袋に入れ、売り上げを増やしているのだ。値段は手羽全体の重さに応じて決まる。「これじゃ、詐欺じゃないの」とすっかり頭に来た彼女は、その店に取って返した。

さっきの店員に文句を言うと、一言も答えずに袋から問題の手羽中1つを取り出し、残った分を量り直した。そして、取り過ぎていた分のおカネを黙って返した。実に手慣れている。客から苦情の出ることは一度や二度ではないみたいだ。「商売をするのなら、信用を重んじてください。これじゃ、まるで押し売りじゃないですか」。彼女はちょっと声を張り上げた。すると、「本部からそうするように言われているのだから、仕方ないでしょ」。怒気を含んだ返事が初めて戻ってきた。言わば、組織ぐるみの押し売りなのだ。

そう言えば、南寧では僕もさっきの手羽と似たことを何度も体験した。例えば、市場で鶏卵を買おうとして籠に10個入れ、秤に乗せる。値段の表示は8.4元(1元≒16円)である。すると、鶏卵屋のおじさんなりおばさんなりは、必ずと言っていいほどに、籠に鶏卵を1個、2個と追加して、値段を10元以上にしようとする。「そんなに要らない、少なくしてくれ」と言うと、逆に怒り出したりするから、扱いにくい。野菜や果物を買う際も同じである。

スーパーで弁当を買う際もそうである。こちらの弁当は日本のスーパーやデパ地下などでのそれとは異なっていて普通は「完成品」になっていない。空の弁当箱に客がご飯をいくら、おかずはこれこれをいくら、と注文して入れてもらう仕組みになっている。一見、客の意向が尊重されているようだが、ご飯を「3リャン(1リャン=50グラム)」と言うと、勝手に4リャン入れてきたりする。もちろん、盛りを増やした分はサービスではない。その分の料金を払わなければならない。おかずについても同様のことが起きる。

こんなこともあった。おばさんがよく熟した柿を売りながら街を歩いていた。「5個くれ」と言うと、ポリ袋に柿を入れ始めたのはいいが、6個、7個になっても手を休めようとしない。「5個だよ、5個」と叫んでも、おばさんは一向に聞いてくれない。いささか僕もカッとして、「もう要らない」と言い捨てて、その場を立ち去った。気の毒におばさんはポカンとしていた。

「いやあ、南寧の押し売りの技術はすごいなあ」と感心していたら、「そんなのはまだ序の口。もっとすごいのがある」と教えてくれた人がいた。なんでも中国のど真ん中にある大都市、鄭州の有名スーパーでのことだそうで、ここでは調味料は店員が各種のものを調合して量り売りすることになっている。もちろん、1種類だけ買ってもいいのだが、問題は買う調味料を乗せる秤で、最低の目盛が50グラムになっている。つまり、調味料を求めようとすれば、最低50グラムは買わなければならない。50グラム分の調味料なんて、実に結構な量である。

また、肉や豆腐は店員が大きな塊から切り分けてくれるのだが、この量がまた尋常ではない。肉500グラムを注文すると、ゆうに800グラムはありそうな塊が出てくる。実に度胸がある。文句を言うと相手は怒るから、喧嘩でもするつもりがなければ、これを買うしかない。

肉の場合は日本でも似たことがある。先日、デパ地下で牛肉を300グラム買った。秤の表示は312グラムを指している。おばさんが「少しオーバーしてますが、いいですか」と僕に聞いた。客人用にちょっと高い牛肉を買ったものだから、12グラムの超過でも100円やそこらにはなる。でも、「いや、12グラム減らして下さい」なんて、男の子としては格好が悪くて言い出しにくい。

これも相手の弱みに付け込んだ一種の押し売りだろうが、まだまだカワイイ。やはり、押し売りの「技術」と「度胸」に関しては、彼の地の商人たちに一日の長があるようだ。